風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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メンバー

 6月17日午前10時より、メンバー3人が橘曙覧記念館の会議室にて、短歌研究会A第68回を持った。
 同・第67回はコロナ禍のため、スマホのSMSでの2人歌会を4月19日に記事アップし、5月は休会した。




 会議室には、4脚の長椅子がロの字型に並べられている。少し早く着いた僕は、小窓2つを開けておいた。
 TさんとMさんが現れて、Mさんはカップのタピオカジュースを提供してくださった。歌誌の貸し借り等のあと、短歌研究会Aは、お互いの詠草の検討である。

Mさんの12首より。
 1首めの2句3句「栗の花房咲き盛り」の3句を、「咲き垂れて」にするよう、Tさんが奨めた。
 8首めの2句3句「畑隅に植うコスモスの」の「植う」を、「植うる」にするよう、僕が奨めた。
Tさんの9首より。
 1首めの2句3句「木暗らがりにきらきらと」は3人で検討して、「木下の陰をきはやかに」で納まった。
 2首めの結句「踏まんとしたる」は、本人にも引っ掛かりがあったようで、「踏みさうになる」を僕が奨めた。

僕の10首より。
 1首めの、男1人で卵かけご飯を食べる贅沢感は、わかりにくかったようだ。
 7首めの「レジスタンス」の語をグーグルで捜し出す歌より、奥さんの歌をもっと詠むようにと、Tさんに請われた。

 検討を了え、次回の日程を決め、11時半頃に散会した。

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 写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。



 メンバー3人の所、短歌研究会A第67回を、コロナ禍で会合もならず、TさんとスマホのSMSと電話で開いた。Mさんには、やんわりと断られた。
 先の第66回は、3月18日の記事にアップした。



 まずスマホのSMSで(LINEはしていないので)、お互い5首ずつを示した。
 僕はTさんの歌にSMSで感想を述べ、Tさんはまだるこしいと電話で僕の歌の感想を伝えた。
Tさんの5首より。
 1首めの3句4句が「雲雀は鳴き山ざくら咲く」とあるのを、3句「雲雀鳴き」と4句と対句にするよう奨めたが、Tさんには拘りがあるようで、その儘となった。
 5首めの筍掘りの歌は、パンデミック下の日常を描いて優れている。
僕の5首より。
 3首めの2句3句「山鳩が啼く 夕べには」の繋がり方に、Tさんは違和感があったようだ。表示の都合で丁度、1字アキがわかりにくかったのかも知れない。
 4首めの2句3句「雲雀の鳴くが日本には」の「が」での繋がり方にも違和感があったようだ。古典文法のTさんの詠み方では、「雲雀の鳴けど」となる所かも知れない。

 電話で、会合でなく、スマホで歌会をするのは淋しいと言い合って、会を了えた。
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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。


 

 3月17日(第3火曜日)の午前9時半、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第66回を持った。
 同・第65回は、先の2月20日の記事にアップした。



 僕が喫茶店にわずかに早く着いて、ブレンドコーヒーのモーニング・セットを摂っていると、Mさん、Tさんが現れた。2人も注文し、歌誌等の貸し借り、返却をした。
 短歌研究会Aは、相互の詠草の検討である。


Mさんの10首より。
 6首めの「われの座す位置まだありや食卓に家族揃ひて掬ふ湯豆腐」は3人の知恵で、「食卓にわれの座す位置まだありて家族の揃ひ掬ふ湯豆腐」となった。
 8首めの「逢へるかも知れぬ刹那に振り向かば堤防の土手菜の花明かる」も3人の知恵で、「振り向かば逢へるか知れぬ気配して堤防の土手菜の花明かる」となった。
Tさんの11首より。
 1首めの2句「間に花芽を」は、3月の正木なので、「間に新芽を」に自ら直した。
 5首めの「なずな」は旧かなで「なづな」であると、僕が電子辞書で調べた上、指摘した。
僕の10首より。
 1首めより、森絵都の「つきのふね」は、小説であると説明した。
 3首めの4句「温めつついて」は、「あたためつついて」ではなく、「ぬくめつついて」と読むと説明した。

 僕の今期1ヶ月の詠草、50首程を2人に読んでもらい、次回の日程を決め、早めの10時40分頃に散会した。
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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。





 短歌研究会A、Bのメンバーである、Tさん、Mさんに誘われて、ある短歌研究会に参加した。カテゴリを短歌研究会Cとする。メンバーは7人。
 3月11日(第3水曜日)の3月例会は、午前10時より、橘曙覧記念文学館の図書室で開かれた。参加メンバー・5人。前以って事務局に提出した各1首のプリントを基に、相互批評を行う。
 I・Jさんの上句「唐突に現れしコロナウイルスの」は、「蔓延の新型コロナウイルスの」となった。
 T・Fさんの中句・下句は、「紅梅や廃屋の陰に花さかりなり」は、「紅梅は花さかりなり廃屋の陰」となった。
 T・Tさんの4句「似たる指もて」は、2句に「たる」があるので、「似る指(おゆび)もて」となった。
 M・Kさんの上句「弥生の陽あたたかく差す」は「三月の日差しあまねき」に、4句の「川面を泳ぐ」は「水面を泳ぐ」になった。
 僕ともう一人の男性の歌は、添削がなかった。そのままで良い、というのではなく、手を付けにくい、という意味らしい。
 他にも検討したが、ここに書ききれない。
 次回の日程を決め、11時40分頃に散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


 2月27日(第4木曜日)の午前9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まり、短歌研究会B第40回を持った。
 先行する同・第39回は、先の1月30日の記事にアップした。




 短歌研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 今回は、第7歌集「藤棚の下の小室」(1972年・刊)より、193ページ「寒鰤漁」の節からである。
「寒鰤漁」の節より。
 1首めの上句「島のわき漕ぎ過ぐるとき」の「漕ぎ」は手漕ぎではなく、エンジン・スクリューだろうと僕は述べた。鰤漁で、手漕ぎの船はないだろう。
 6首めの「工場群の破棄しゆく水」は、化学物質を含む汚水排出だろうとTさんが述べた。
「土井竹林」の節より。
 「土井」は何だろうとMさんが問うので、地域名だろうと僕は答えた。8首めの4句にに「土井氏の姓の」と出て来る。
 6首めの中句「手桶道」は、よくわからない。手桶を埋めたのか、手桶で運んだのか、と推測した。
「不安なる渚」の章より。
 1首めの上句「不安なる渚のごとし」は、作者の不安の投影だろう。
 196ページに入って1首め「落ちそめぬ」とあるのは、桜ではなく藤を指すのだろう。
「島原・長崎」の節より。
 3首めの「大蓼」は、「犬蓼」の誤植だろうと話し合った。

「旅後」の節より。
 3首めの「身にしむ」は、ありがたい、嬉しいの思いだろうと、Mさんが述べた。

 これで1967年分が過ぎ、まだ10時半過ぎだが、今回はこれまでとした。次回の日程を決め、散会した。
 
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


 2月19日(第3水曜日)の午前9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第65回を持った。
 同・第64回は、先の1月18日の記事にアップした。



 僕は早くに目覚め、2度寝せず、ネット操作を少々のあと、用意して出掛けた。喫茶店でモーニングセットを食べおえない内に、TさんとMさんが現れた。2人も注文のあと、歌誌の貸し借り、返却などのあと、研究会Aに入った。短歌研究会Aは、お互いの詠草の検討である。
Mさんの10首より。
 1首めの上の句「恵方巻を買ふは易しが」を「買ふのは易し」と句切れを入れるよう、Tさんが提案した。
 4首めの結句「花はたまゆら」を、「たまゆらの花」にするよう、僕が提案した。他に何ヶ所か。
Tさんの10首より。
 3首めの中句「行きにつつ」を「行きながら」に直すよう、Mさんが提案した。
 5首めの2句「晴るるがなへに」を「晴るるにつれて」に直すよう、Mさんが提案した。他に何ヶ所か。
僕の10首より。
 4首めを、歌稿プリントの似る歌と差し替えるよう、Tさんが提案した。
 6首めの上句と、中句以降を入れ替えると、僕が自分で添削した。他に何ヶ所か。


 検討会のあと、僕の今期1ヶ月の約150首プリントを2人に読んでもらい、感想をもらった。次回の日程等を決め、11時近くに散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。




 1月29日(第5水曜日)の午前9時半、メンバー3人が喫茶店に集まり、短歌研究会B第39回を持った。
 先行する同・第38回は、昨年11月30日の記事にアップした。



 僕はアイスコーヒーのモーニングセット、Mさんはブレンドコーヒーのモーニングセット、Tさんはアメリカンコーヒーを注文し、歌誌の貸し借り、返却をし、近況を語り合った。

 研究会Bを12月には休んでいるので、2ヶ月ぶりである。短歌研究会Bでは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みをする。
 今回は、第7歌集「藤棚の下の小室」(1972年・刊)より、186ページ半ば、「手記四百編」の節よりである。
「手記四百編」の節より。
 1首めの2句「かの日復返(をちかへ)り」の「かの日」は敗戦日だろう。3句、4句の描写は、主張より逸れた具体である。
 ルオー展とジャンヌダルク像の歌には、美術や音楽を歌にする困難を、3人とも嘆き合った。
「晩秋一小圏歌」の章より。
 2首めの4句「秋蟬ひとつ」の秋蟬を、お互い電子辞書で調べて、油蝉と知って驚く。
 3首めの2句「蘭の一鉢」は、185ページ「蘭の花」や186ページ「春蘭抱きて」と出て来る、頂き物の春蘭らしい。
 188ページに入り、4首めの中句下句は「新約全書/版の古きは/詞句あざやけし」と危うい句跨りだろう。


 歌集「独石馬」(1975年・刊)に入り、まず独石馬をドクセキバと読むことを確認する。僕がWeblio辞書で、追確認した。
 1966年の歌から。
「銀杏と胡桃」の章より。
 3首めの上句「遠き海ただに鳴りつつ」の海鳴りを、海に遠く住む3人なので、実感がわからなかった。
 4首めの結句「原子力研究所」は発電所ではないので、初期の研究所だろう。
 6首めの「一家族七人」と後に詞書きがある歌は詰め込み過ぎだが、そうしても1首にしたい切迫感がある。
「尾鷲」の章より。
 尾鷲がどこか分からないと僕が言うと、2人は三重県の内だと教えてくれた。後でパソコンで調べると、伊勢と熊野の間だった。
 3首めの結句「顔おだやけき」は強調の連体形止めだが、終止形でも感慨は伝わると話し合った。
 193ページに入って、8首めの2句、「九十九浦の」の読み(「くじふくうら」か、「つくもうら」か)が、3人には分からなかった。

 この章で研究会Bをしまい、次の日程を決め、11時近くに散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。




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