風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

ユーモア

 先の7月6日の記事、入手した5冊(2)で紹介した内、「続続 荒川洋治詩集」に読み入る。5冊の内、残った1冊である。
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 思潮社・現代詩文庫242。2019年6月15日・刊。定価:1,500円+税。
 7冊の詩集からの抄出、未刊詩編7編、散文、等より成る。

 まず詩集「一時間の犬」より、15編。
 彼の詩は難解とされるが、講演の時の様子や内容から、解ってくる事もある。
 彼はユーモア好きで、愛想も好く、文学には芯の通った考えがある。

 「ベストワン」より。「私は生きている/同情と共感でおどろき嘆きかなしむが/私は二度と生きたりしない」。同世代の者へだろう、同情と共感を持っている。しかし「生き直したりしない」という意味だろう。生き直す、と思った自分に痛い。
 「ギャラリー」より。運動が苦手なのか、主人公はブランコを上手く漕げない。恋人に見つめられて、しぶしぶ漕ぐ、遣る瀬無さである。
 「土の上を歩くのですから」。土の上を歩く者が、荒れ狂う水上の船に乗る者たちを見ている。終2連は「めざめて わたしは泣くだろう/焚火のまえで//あの人は?と/両手をついて」。詩人にも両手をついて「謝する者」(感謝、詫びる、共に)が居るのだろう。
 「資質をあらわに」では、モーツァルトの曲を目覚ましにする、物質的に豊かな時代を、「人にはもはや成すことも することもないのだ」と批判する。


 僕の解説では、よくわからないだろうが、読者は共感する所を探してゆくしかない。



 

 現代詩作家・荒川洋治氏(高校文芸部の1年・先輩)の恩賜賞・日本芸術院賞受賞記念講演が、8月17日(第3土曜日)の午後2時より、福井県立図書館の1室で行われ、僕も予約聴講した。
 詩の催しとして、今年6月24日の記事、第2回「蝸牛忌」参加の記に次ぐ。

荒川洋治 講演会
 午後一時半、会場に着くとすでに開場しており、待ち合わせた詩人のA・雨子さんが廊下にいない。会場内に彼女の姿を見つけ、(3椅子1組の右端に座っていたので)1つ後ろの席に座り、約束していた「方言集」新版3部、室生犀星の「我が愛する詩人の伝記」(古本、ビニールカバーに包んで)を渡した。
 講演のあとサイン会があるということで、何も持って来なかった(先日に買った現代詩文庫「続々 荒川洋治詩集」を持って来れば良かった)僕は、そのサイン会で方言集を渡そうと、A・雨子さんより1部を戻してもらった。


 講演者の荒川洋治氏の入場、登壇には会場(定員150名1杯)から、暖かい拍手が起こった。県・教育長(?)より、記念品・贈呈。
 講演は、詩・評論の活動を振り返って始まった。小学生時代は内気な子で、自分で打破するべく、中学校の生徒会の書記・会長を務めたこと。中学時代、国木田独歩の「山林に自由存す」に倣って海岸の松林を巡ったところ、20余編の詩が生まれ、自信が付いたことなど。
 ユーモアを交え、時に毅然と語り、僕は小声で笑ったり涙を拭ったりして聴いた。高校生時代の思い出として、僕の本名(フルネーム)やM・晴美さんの名前も挙げられた。
 後半、僕は腰が痛くなり、迷惑になる前にいったん退席し、喫茶室でアイスコーヒーを飲んで、休憩した。20分くらいで席に戻った。講演は自作「美代子、石を投げなさい」の朗読で、予定の3時40分丁度に結着した。講演終了・退場にも会場より、惜しみない拍手が送られた。

 サイン会の前、廊下で荒川洋治氏に方言集を、「プリントの粗末なものですけど」と手渡して、一礼した。
 帰ろうとすると、作家・評論家のH・二三枝さん(高校文芸部の後輩)に会ったので、「荒川さんに挨拶したら」と促した。彼女は「このあと、荒川さんたちと三国町(2人の出身地)で、慰労会(?祝賀会?)があるの」と言うので、僕は思わず「羨ましいなあ」と嘆声を上げた。




「COCOON」Issue11
 季刊同人歌誌「COCOON」Issue11を、ほぼ読み了える。
 到着は、先の3月25日の記事、「1冊と1枚」にアップした。
 また同・Issue10の感想は、今年1月2日の記事にアップした。
概要
 概要の1部は、「1冊と1枚」に述べたので、リンクをご参照ください。
 85ページ。通常・短歌は1段組み、1ページ6首。
 巻頭24首4名、12首23名、時評、評論各種、イラスト短歌「うた画廊」2枚、歌合2題、エッセイ等、連載コラム、批評会記、全員アンケート等、賑やかである。
感想

 以下、引用に添いつつ、感想を述べたい。
 H・みささんの「日々はあたらし」24首より。
チューニング合わせきれずに平成を生きておりしが平成終わる
 平成に馴染めなかったのだろうか。初句2句の暗喩表現は、ぴったり言い当てている。
 O・達知さんの「mumble bumble」12首より。
鶏ももの三百グラム買うときの、ちょっと出ちゃっていいですか?好き
 会話体をまじえ、完全口語体短歌へ傾く。ヒューマニティに通じる、ユーモアがある。
 S・ユウコさんの「はなとゆめ」12首より。
お別れの理由をもしも訊かれたら音楽性の違いと言おう
 「音楽性の違い」は、生のリズム、メロディの違い、生き方の違いだろうか。超越的な比喩と呼ぶべきだろう。
 S・なおさんの「蜂とはちみつ」12首より。
朝が来て夜が来てまた朝になる 大きなカブはまだ抜けません
 「大きなカブ」は、明るい童話である(表記は知らない)。カブは、心に大きくなった、悲嘆、怨恨かと思い至る。


 

 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より、当時・既刊のしまいの詩集「約束したひと」を読み了える。
 先の1月22日の記事、
同「イカとハンカチ」を読む、に次ぐ。
概要
 原著は、1963年(日本共産党・除名後)、思潮社・刊。このコレクション詩集には、年譜がなく、Wikipediaにも載っていない。
 後に買った土曜美術社出版販売・日本現代詩文庫「関根弘詩集」の年譜と、三省堂「現代詩大事典」(2008年・刊)の書誌には、詩集「約束したひと」が載っている。
感想
 冒頭の「寓話」は、4編の昔話のパロディである。童話類のパロディでは、複雑苛烈な現代は解明できないように思える。
 「ケッコン行進曲」では、「カキクケッコン/サシスセンソウ」のフレーズが繰り返されるが、スローガンでもなくユーモアもない。
 「コンサート」の1節「寝床の中で/雨をきいている幸福もある」には、読書とネットに籠もりがちな僕は、同感する。
 「部屋を出てゆく」の、「大型トラックを頼んでも/運べない思い出を/いっぱい残してゆくからだ」には、引っ越しの悲しみが、よく表わされている。
 掉尾の「約束したひと」は、待てども現れない革命への未練だろうか。
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写真ACより、「キッチングッズ」のイラスト1枚。




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 今月25日の記事で到着を報せた、矢部太郎のマンガ本「大家さんと僕」を読み了える。
概要
 2017年10月20日、新潮社・刊。2018年1月20日・9刷。公称・15万部(当時)。
 作者・矢部太郎(やべ・たろう)は、作中・39歳、お笑いコンビ「カラテカ」のボケ役、他に喜劇役者など。
感想
 僕はマンガの評し方がよく判らない。笑いあり、涙あり、ペーソスありと書いておこう。
 大家の87歳のおばあさんが、戦前などの記憶がはっきりしていて、リアル感を与える。ユーモアにも強い。
 早く記事を上げなくて良かった。読みなおしてみると、4ページ程を飛ばしていた。それも主人公が女優を好きになって振られる、重要なストーリーだった。
この後
 作者は1発当てたのだから、マンガの続編なり、芸能人としてなり、大活躍を続けてほしい。
 僕はこの本をメルカリで、さて幾らで売ろうか。


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