風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

ユーモラス

 有明夏夫の小説「俺たちの行進曲」を読み了える
俺たちの行進曲

 有明夏夫(ありあけ・なつお、1936年~2002年)は、1945年に福井県に疎開し、県内の勝山精華高等学校を卒業した。同志社大学工学部を中退し、後に作家となった。
 「俺たちの行進曲」は、文春文庫、1984年2刷。
 僕がなぜ、カバーが破れ、本文ヤケした、マイナーな本を手放さなかったかと言えば、舞台がわが福井県であり、福井方言がふんだんに出て来るからである。
 高校3年生の3人組み音楽部員(父子家庭、母子家庭、孤児院暮らし)が、異性への妄想や小冒険を繰り返し、ユーモラスにシリアスに生き延びてゆく。
 福井方言はディープで、軽く「さっきんてな」(先ほどのような)が出て来る。福井出身者以外に、すべての方言がわかるか、推測できない。

 僕は福井市方言に関心があり、ある詩人の助言を得たりしながら、ほとんど独力でエクセルの方言集を作成し、改訂を重ね、昨年末には550語に至った。
 有明夏夫が多感な時代を福井県で過ごし、福井方言に溢れた1編を残したことに、喝采を送りたい。


 僕の所属する同人詩誌、「青魚」のNo.93を読み了える。
 入手は今月2日の記事にアップした。これでその時頂いた3冊すべてを紹介する事になる。


 同・No.92の感想は、今年5月15日の記事にアップした。リンクより、関連過去記事へ遡れる。


「青魚」No.93
 今号では、僕のソネット4編が、巻頭を飾った。代表のT兄は、4、5番めに置きたかったが、ページの関係で、とぼやいていた。

 T・幸男さんは、「カステンポな母の傍らで」2ページを寄せた。2段組の内、上段に詩を、下段に父母を含むモノクロ写真を収めた。散文詩風で、世間への憤りは少ないようだが、末尾の1行は次のようである。「ー沸騰スル人間
(ヒト)ノ未来ヲ俯瞰ながらに」。
 T・晃弘さんの「死亡保険」では、死亡保険の勧誘と年下の隣人の死を描いて痛切であり、断ったという結末はユーモラスでさえある。
 孫可愛いや日常のトリヴィアルを描いた詩は、困ると思う。
 散文では、T・育夫さんの「演歌」8ページ、A・雨子さんの「詩友、友人」7ページが長文である。詩人の書いた散文は、本性が現れると思われる。



 江國香織の小説「間宮兄弟」を読み了える。
 江國香織の小説の記事は、以下のリンクで読める。



間宮兄弟
 小学館文庫、2007年11月・初版。318ページの長編小説である。350円のブックオフの値札が残っている。
 間宮兄弟こと昭信(35歳)と徹信(32歳)は、2LDKのマンションに一緒に住むが、共に恋人がいない。
 学生時代、会社で、女性に好意を持っては、悲惨な結果を迎えて来た。しかし女性教員と、直美・夕美姉妹をカレーパーティ、花火パーティに招いて、仲良くなりそうになる。しかし3人は、人間観に影響を受けて、それぞれのボーイフレンドとの関係を見直すのみにおわる。
 徹信は、昭信の仕事の先輩が離婚しようとしている沙織さんに突進し、玉砕する。
 そして兄弟の平和な毎日が戻って来る。
 悲惨にもなる内容だが、作家には異性だからだろうか、人生観による文体のせいだろうか、穏やかでユーモラスでさえある、物語となった。




 海河童さんの写真集「Photo Collection of La Paz」Kindle版を、タブレットで観了える。
 ダウンロードは、今月10日の記事、入手した2冊を紹介する(8)でアップした。


 リンクに簡単な概要を記したので、ご参照ください。

海河童 ラパス
 メキシコの南岸にラパスという、ダイビングスポットがあり、野生アシカと遊べるとある。
 切り立った断崖の下の海中には、アシカの数匹の群れが、寝転んだりして憩っている。
 また大きな体で、髭の伸びたおじいさんのような穏やかな風貌は、ユーモラスである。
 わずかなビーチは無人らしく、宿泊テントの並んだ景もある。
 「こざる」の字で顔を隠した娘さんの写真があり、海河童さんの娘さんだろうか。

 大きな鮫ようの生き物を、近くから撮った写真もある。
 別の地なのだろう、喫茶店&バーの建物、土産物店の写真もある。海辺には、水難事故を警告する、建て看板がある。
 そして表紙のような、偶然にも恵まれた、神の1枚が撮れた。
 なおこの記事は、Kindle本の栞機能を用いた。



 福井県詩人懇話会・発行のアンソロジー「年刊 詩集ふくい 2019 第35集」を読み了える。
 入手は、先の10月29日の記事、入手した2冊を紹介する(7)にアップした。



 「同 2018」を読む、は昨年11月6日の記事にアップした。リンクより、過去号へ遡り得る。


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 このアンソロジーには、53名61編の詩と、執筆者名簿、「’18 ふくい詩祭 記録」、あとがきを収める。詩の執筆者は、漸減傾向である。ただし高校生3名が3編を寄せている。
 同・2018の感想で述べたが、観念的な作品が多いようだ。リアリズムで詩を書くには、社会はあまりに悲惨である。
 とぼけるか、家庭内のトリヴィアルな事を描くしか、観念化の道を逃れる方法はないのだろうか。
 A・幸代さんの「手をのべて」が内省的である。
 U・千枝美さんの「新しい波」は自身の目の老化をユーモラスな筆致でえがく。

 51ページに渉る「’18 ふくい詩祭 記録」では、基調講演、シンポジウム共に、人物・発言が高度だった。
 挿入の写真は、1枚を除いて総て、カメラマン役の僕が撮ったものである。




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 今月28日の記事「届いた2冊(2)」で報せた内、詩誌「水脈」62号をほぼ読み了える。
 ある政治的背景を持っており、同人詩誌とは名乗っていない。
概要
 15名23編の詩、俳句同好会の11句、N・えりさんの小説「青山さんのこと」、随筆2編、通知報告欄・等がある。
 生活詩が多く、先の豪雪が多く歌われている。宗教色のある作品もある。
感想
 Y・知一郎さんの「“きだらいの”おばさん」は旧作らしいが、幼くより親しんだおばさんが、老いて亡くなり、偲ばれるに至る細部が重ねられ、しみじみとする作品である。
 M・祐子さんの「春の芽吹き」は、大雪との闘いを描いた末に、「雪で身体をきたえたばあさん/また長生きするかと深いため生き」とユーモラスに厭世的である。
 M・あき子さんの「くまバチ」は、「私の畑には/くまバチが一匹います」と始まり、「この春もスモモの花に来ました/私が来たねと言うと/夫はうんと言いました」と締め括って、自然と共生する穏やかさを表わす。
 N・としこさんの散文詩「クローバの・・・・・」は、幼馴染みだった「えいちゃん」との交流とその後、自分が四歳の時に出征し亡くなった父への思いを交えて、転変する生を抒情した1編である。


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 昨日に紹介した2冊の内、A・幸代さんの個人詩誌、「野ゆき」vol.8を読み了える。
 
同・vol.7は、昨年10月21日の記事にアップした。
概要
 自身が年1回くらいの発行、と話していた。他に福井県詩人懇話会・刊の年刊アンソロジー「詩集ふくい」に発表の場がある。
 この詩誌は、2017年冬・と記されて発行されている。
 「ありがとう」、「ひっくり返る」、「雀」、「落ち葉」、「遠い約束」の短い詩5編が、横長1ページに1編ずつ収められている。
感想
 彼女は僕より少し年上な、芯のしっかりした、誠実な方である。僕のように、いつまでもあちこち跳び回ってはいない。誠実さを表わそうとすると、自分の中の歪みを意識して、ためらったり、疑念を持ったりしてしまう。
 それを表わせるのは、彼女が大人なのだろう。その誠実さは、娘さんにも継がれて、詩「ありがとう」になっている。
 時事を思わせる「雀」、生を思う「落ち葉」、艶のある「遠い約束」、いずれも佳品である。
引用

 ユーモラスで、幸せそうな、「ひっくり返る」全編を引く。

  ひっくり返る

やんちゃなくせに
むくれてひっくり返る
取扱説明書が欲しいものだと
娘と話していた
敵もさるものひっかくもの
予約までして借りた本を
珍しく熱心に読んでいた
「かあちゃんトリセツ」
ひっくり返るのはこちらの方だ




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