風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

リフレイン

 1月17日午前9時半、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第64回を持った。
 僕は8時半に妻に起こしてもらった(妻は退職に向けて有休消化中で、用のある時のみ勤める)が、年老いて用意に時間がかかり、9時25分になり、TさんのSMSに5分遅れると連絡して、車を出した。

 TさんとMさんは、既にモーニングセットを注文したとの事で、僕もアイスコーヒーのモーニングセットを注文した。
 同・第63回は、先の12月21日の記事にアップした。研究会Bを12月は休んだので、約1ヶ月ぶりの再会である。


 モーニングセットを摂り、歌誌の貸し借り、写真の贈呈のあと、短歌研究会A第64回に入った。研究会Aは、お互いの詠草の検討である。3人各々、電子辞書を使った。

Mさんの11首より。
 2首めの2句、「田にコハクチョウ」が字余りかとMさんが悩むので、僕が閃いて「白鳥」は古語で「ハクテウ」となっている事を確認し、1件落着かと思った。しかしその夜の浴槽で、彼女たちの結社歌誌では、カタカナ語は現代表記なので、ハクチョウとなる事に気づいた。おちおち風呂湯も浴びていられない。SMSでMさんに詫び、ひらがな表記で「はくてう」とする提案をした。
 6首めの2句3句「松の落葉の散りへるを」は、3句「散りぼふを」に直すよう奨めた。目の前で散るのではなく、散り溜まった景色である事を確認して。他に何ヶ所か。
Tさんの10首より。

 6首めの中句下句「鴨が行き小白鳥が行き烏行き交ふ」の結句を「烏が行けり」と、3重のリフレインにするよう、僕が奨めた。
 10首めの中句4句「青空を仰ぎつつ行く」を、「仰ぎては行く」と空と地上を互みに見ながら行く意にすることを、僕が提案した。他に何ヶ所か。
僕の10首より。
 4首めの中句4句「昼食を 息子夫婦と」とあるのを、中句「昼を摂る」として、1字空きをなくすよう、Tさんが奨めた。
 10首めの初句より「剣が去り妻は・・・」を初句「険(僕のポカミス)が消え」と直すよう,Tさんが奨めた。「去り」の方が、また戻って来る可能性を含みにし、「消え」では亡くなった人の表情のようで嫌だ。他に何ヶ所か。

 研究会Aのあと、今期1ヶ月の僕の約70首プリントを、二人に読んでもらった。今月の出詠は10首を要請されており、研究会詠草で決まるので、慎重に読んでもらった。結果、1首をプリントの歌と入れ替える事にした。
 次回の研究会Bの日程を決め、11時過ぎに散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


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 所属する同人詩誌の、「青魚」No.91を読み了える。
 到着は、今月10日の記事、届いた3冊を紹介する(7)で報せた。リンクより、過去号の記事へ遡り得る。

 

 僕が載せて貰った6編のソネットは、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の「青魚」の詩テーマより、「遅刻」からの作品をお読みください。
 

 長く詩を離れていたK・和夫さんが戻って来て、「神無し月」で「詩なんか書くんじゃなかった」のボヤキのリフレインを挟みながら、1編を成した。
 先達のT・幸男さんは、「ある群像との出合」で少青年期の画家・詩人との出会いを、「おとぎ噺の真中(まんなか)で」でマルティン・ハイデッガーの思想を引きながら、現代の「総かりたて体制(ゲシュテル)」への批判を、寄せた。ハイデッガーを少ししか読んでいないが、僕には異見がある。
 代表のT・晃弘さんの「晴海ビュウタワー10階」は、遠くに住む友を、時間的に行き来しながら描いて、友情の深さを滲ませる。
 A・朝子さんの「なんぼでも生きるよ」は難病の娘を、K・文子さんの「夫のひとこと」は夫の後押しを、T・育夫さんの「いのち」では鬼神となっても守りたい孫たちを、それぞれ取り上げて家族の深さを示す。

 A・雨子さんの6ページに渉る散文「ぐれた同級生たち」は、少女時代の同級生や家族を描く。幸福とは呼べない、人生の出発期を解きほぐすことで、彼女のトラウマを癒そうとするようだ。原子力発電のように、苦の核を抑制しながら表現することで、苦しみを逃れられるなら、彼女の連載は大きな意義がある。


 福井県俳句作家協会「年刊句集 福井県 第56集」(2018年3月・刊)より、7回目の紹介をする。
 今月9日の記事、
同(6)に次ぐ。
概要
 今回は、161ページ~186ページの26ページ分、52名の520句を読んだことになる。
 南越地区(越前市、南越前町)の、すべてである。
感想
 俳歌で新と真を求めると言っても、レトリックの新として、比喩(暗喩を主とする)は、たくさんだという気がする。戦後詩において、暗喩を主とする比喩は大掛かりに追及され、その時代も過ぎてしまった。むしろ直叙や対句、リフレイン、オノマトペ等の古典的レトリックに、新しい技法を求めるべきだろう。また新しい題材も、無限にある。
 俳歌の真といっても、人情の真は、古代よりあまり変わらないように思える。その真の心情の発露は、無限の形を取るけれども。
引用
 以下に3句を引用する。
 T・房子さんの「小夜時雨」10句より。
ねむる児に母の団扇と童歌
 K・秀峰さんの「笑ふ絵馬」10句より。
もて余す串刺し鯖や半夏生
 (注:福井地方では半夏生の日を「はげっしょ」と呼んで、その日に焼き鯖を食べる風習がある)。
 K・蒼美さんの「初鏡」10句より。
身に入むや今のままでと願ひをり

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写真ACより、「おもてなし」のイラスト1枚。



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