風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

リルケ

 岩波文庫のリルケ「ドゥイノの悲歌」を読み了える。
 購入は、先の9月30日の記事、岩波文庫2冊を買う、に報せた。



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 手塚富雄・訳注・解説。233ページ。訳詩は86ページまでで、それ以降は訳注と解説に当てられている。もっとも、そう多くは参照しなかった。

 僕は「ドゥイノの悲歌」を、ほぼ理解したように思う。ただし訳詩の範囲で、である。
 弥生書房の7冊本・全集でも、他の本でも解らなかった。翻訳は替わっていない。文庫本の余裕ある編集と、僕の境涯が変わった、2つのせいだろう。僕は7年前に再任用職を退職し、ネットと読書と創作の日々を送っている。
 現職のあくせくとしていた頃は、この思索と詩作の詩人が解らなかった。日本の戦後詩人の多くは、サラリーマン生活を送るか、翻訳などの副業で、収入を得ていた。

 霊感の嵐によって、「ドゥイノの悲歌」と「オルフォイスに寄せるソネット」が、数日の間に完成されたという伝説(書簡によると本当らしい)に恐れをなさなければ、この詩集は難解ではない。
 冒頭の天使と美の同一視は、対象とその放つもの、と理解すれば良い。第十の悲歌に2度表れる「原苦」の語も、小池光・歌集「バルサの翼」の「生きて負ふ苦」や、「世界苦」という思想語に慣れていれば、感受できるだろう。



 この8月30日に、勝木書店駅前本店が、約60年の歴史に幕を閉じた。在庫の岩波文庫、岩波新書は(岩波書店は買い切り制なので)、同店の新二の宮店に移されると、新聞記事にあった(僕は新聞を読まないので、妻が切り抜き箇所を残してくれる)。
 しばらく後の9月28日に、僕は新二の宮店へ出掛け、岩波文庫2冊を買ったので紹介する。


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 リルケの詩集「ドゥイノの悲歌」。2010年改版1刷。600円+税。
 僕は巻数の少ない方の「リルケ全集」を読んだし(既に処分した)、所蔵の筑摩書房「世界文学体系 53 リルケ」には、同じ訳者の「ドゥイノの悲歌」が収まる。
 しかし岩波文庫・版では、字も行間も大きく、86ページの本文に142ページの訳注と解説が付いている。まず立ち読みした時に、僕に理解できそうな気がしたのである。


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 プリーモ・レーヴィ「休戦」。2011年・2刷。940円+税。
 アウシュヴィッツ収容所から解放された著者の、帰郷するまでの9ヶ月の記録という。以前から内容に関心のある本だった。機会だった。

 岩波文庫は主に古典を扱うが、僕の買った本を見ると、若者の短歌に理解を示したりしながら、僕の感覚は古めかしいのかも知れない。





 土曜美術社・日本現代詩文庫27「関根弘詩集」より、巻末の詩論2編、解説1編を読み了える。
 今月14日の記事、同・詩集「奇態な一歩」を読む、に次ぐ。リンクより、以前の関根弘の詩集の記事へ遡り得る。
詩論「リルケからカフカへ」
 戦前にリルケ(特に「マルテの手記」)を好んだ関根弘が、戦後、カフカに傾いた事情について、以下のように書いている。「戦争を通過したあとで、わたしは、当然のことのようにカフカ党になっていた。リルケがたてこもった社会的無関心の塔からいやでもひきずり出されて、カフカ的にいえば、孤立無援のたたかいを余儀なくされたからであろう」。安部公房にもカフカを勧めたという。
講演「小熊秀雄」
 詩賞「小熊秀雄賞」授賞式での講演である。年次はわからない。たった1度、少年時代に小熊秀雄に会っただけ、という関根弘が、外郭から中心に攻め入るように、13ページに渉って描いている。
 小熊秀雄の絶筆の詩「刺身」、堀田昇一の小説「自由ヶ丘パルテノン」、小野蓮司の詩「苔」から引きながら、戦前プロレタリア文学運動の末期に出発して、抵抗詩「刺身」を書くに至ったさまを描き尽くす。
 室生犀星の「我が愛する詩人の伝記」に匹敵する描きぶりである。

「関根弘詩集解説」中川敏
 「今時アヴァンギャルドは演劇を除いてはアウト・オブ・デイトである」と、やんわりと関根弘の「リアリズムとアヴァンギャルドの統一」を批判している。

 最後に年譜について。関根弘は、東京に生まれ、小学校卒業後、勤めに入り、住み込み店員も経験している。従軍を免れて、戦後、職を転々とし、文筆家として立った。40歳で結婚、息子、娘を得る。
 詩誌「列島」で、手八丁口八丁と言われる大活躍(「解説」より)をしながら、没後、全集どころか全詩集さえ発行されていないようだ。以て悼むべきである。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


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