風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

リンク

 僕が関わった同人詩誌「群青」第2号(2005年2月20日・刊)より、巻末の追悼文「広部英一氏追悼」を、僕のホームページ「新サスケ’s Ownd」の6月10日付け記事に転載しました。
 同人詩誌「群青」より、逆年順に転載して来た散文も、これでしまいです。
 古い文章ですが、よろしければお立ち寄りください。

masakyf-diary.amebaownd.com/posts/6404156

 上のURLよりも、記事へ飛べます。フィッシング防止等のため、2、3日でリンクが切れますので、その場合は「広部英一氏追悼」に貼ったリンクよりお越しください。

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写真ACより、「恐竜」のCG1枚。ホームページ記事と共通です。




 今日2回めの記事更新です。
 僕が関わった同人詩誌「群青」の第5号(2006年2月20日・刊)より、エッセイ「ビブリオマニア」を、僕のホームページ「新サスケ’s Ownd」の、5月16日付けの記事に転載しました。
 古いエッセイですが、よろしければお読みください。

masakyf-diary.amebaownd.com/posts/6245134

 上のアドレスからも、記事へ飛べます。フィッシング防止等のため、2、3日でリンクが切れますので、その場合は、上のエッセイ「ビブリオマニア」に貼ったリンクよりお越しください。
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写真ACより、「恐竜」CGの1枚です。ホームページ記事と共通です。





 今日2回目の記事更新です。
 同人詩誌「群青」第12号(2008年6月25日・刊)より、僕のエッセイ「思い違い」を、ホームページ「新サスケ’s Ownd」4月15日付け記事に転載しました。
 僕の数々の思い違いを、上記リンクよりお読みください。


masakyf-diary.amebaownd.com/posts/6067695

 以上のリンクよりも飛べますが、フィッシング防止等のために、2、3日でリンクが止まります。その場合は、上記「4月15日付け記事」に貼ったリンクより、お越しください。

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写真ACより、「恐竜」のCG1枚。
ホームページと共通です。









 砂子屋書房の現代短歌文庫92「続 米川千嘉子歌集」より、2冊目の「一葉の井戸」を読み了える。
 今月8日の記事、同・「たましひに着る服なくて」に次ぐ。リンクより、関連過去記事へ遡り得る。
概要
 この文庫に歌集は上記2冊のみで、あと4編の歌論、3編の解説、略年譜を付す。
 歌集編は、前文庫の2段組みと違って1段組みとなり、読みやすい。

 原著は、2001年、雁書館・刊。第4歌集。383首、著者・あとがきを収める。
 家庭、仕事、介護等で精一杯だった時期を越え、精神的に余裕に恵まれて、物事を意識的に見つめたと、あとがきにある。
感想
 夫と夢を語り合い、家族3人で未来を語り合うなど、家庭的に幸せそうだ。
 しかし1人子と2人きりのときの淋しさ、娘・妻・母・歌人として依然忙しく、疲労の溜まったような歌(五枚の紙のやうにて朝のわたくしはホチキスで強く止めねばならず)他がある。また常とちがった子ども感(春雪のなかの羽毛を拾ひくるこの子を生みしさびしさ無限)も詠む。
 またハワイ旅行、美術展鑑賞の連作もあるが、あとの引用に入れられなかった。
 歌集題となった、一葉の井戸を訪ねた連作、「一葉の井戸」からも引けなかった。
 この後も歌集は刊行されているので、折りを見て、買って読みたい。

引用
 以下に7首を引用する。
夫と語る五月闇濃しかつきりと時計のなかの大振り子見ゆ
流星は一人で五つ子と三つ夫も来たりてなほ三つ見たり
差し歯が眠り臓器が眠りわがうちのたくさんの人と眠るかなしさ
胡弓なるさくらさくらのかなしみに波打ちやがて老人怯ゆ(子どもたちと老人ホーム訪問)
夢を語れとうながせば若き日にいはぬ美しき未来君は語りぬ
ぼんやりと悲しむわれを中心に子の一輪車大円を描(か)
夫はわたしのわたしは夫の歌をみてはるかな人に目をしばたたく
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



 
 

果実 80号a
 今月7日の記事「1冊と1紙が届く」で紹介した内、同人詩誌「果実」80号を読み了える。
 リンクより、過去号の感想へ77号まで、遡り得る。
概要
 リンクに少し概要を書いたので、ご参照ください。
 発行年月、発行所を忘れていたので、ここに書く。2019年4月、「果実の会」刊。
 県内の教員、教員経験者6名と、都内在住のO・雅彦さんを同人とする。
感想
 作者は複数の作品を寄せているが、作者ごとに作品を列するのではなく、作品ごとに順を考えて、編集されている。新しい試みである。
 巻頭は、歌人・山川登美子と潜水艦艇長・佐久間勉がほぼ同年代で、二人の出会いを仮想する、N・昌弘さんの「登美子と勉」、ドキッとする作品である。

 次いでT・篤朗さんの「つつましい言葉」以下、静かな作品が並ぶ。K・不二夫さんの「星の絆」辺りから、心理的に重いテーマの作品が並ぶ。
 O・雅彦さんのカリグラム詩(行頭の高さを変えた)「いつかの風の物語」などを経て、F・則行さんの「大往生」が、友人3人の家庭での突然死(苦しむことなく、周りにも迷惑を掛けず)を、自分と比べたあと、W・本爾さんの清澄な母恋「記憶」「ごしょねがい」(注:後生願い)で、詩編を仕舞っている。
 随筆編では、F・則行さんの「子どもの詩の読み方」が、「アンソロジー 子どものための少年詩集 2018」での、編集委員会が選んだ優秀作品と、小中学生が「好きな作品」として挙げたトップ作品の食い違いについて考察し、重いテーマである。
引用

 T・篤朗さんの詩「待つ」5連より、第3連を引用する。

どんな瞳が私を見つめてくるか
どんな言葉が私に返ってくるか
私はさりげなさを装って
何気なさを装って
もしもし
やっと声をかける
一瞬という長い時間を待つ



覇王樹4月号
 結社歌誌「覇王樹」2019年4月号を、ほぼ読み了える。
 到着は、先の3月27日の記事、同・4月号が届く、にアップした。
 リンクした記事の中のリンクより、過去号の感想、4月号の僕の歌6首・他、結社のホームページ「短歌の会 覇王樹」4月号版へ至れる。
概要
 概要は、3月号とほぼ同じなので、リンクを辿ってください。
 力詠15首が、指定された人の不都合か、通常2名のところ、今月号で1名である。
 また「受贈歌誌抄」は、2冊、各5首の紹介になっている。
 これまで書かなかったが、毎号、表紙裏には巻頭言、当誌5欄の1つずつに先々月号の作品批評欄がある(1欄1ページ)。また「私の選んだ十首」として先々月号の作品より、会員4名が10首ずつを挙げている(出稿自由、選択掲載)。
感想

 引用4首に添いつつ、感想を述べる。
 巻頭「八首抄」より、T・香澄さんの1首。
子の一人密かに離れゆく気配よいぞ綿毛がたんぽぽを去る
 親離れ、子離れの場である。歌意とは別に、2句から3句への句またがりに、微かな躊躇いがあるか。蒲公英は多年草と知り、ホッとする。
 「爽什」のK・南海子さんの「冬点描」6首より。
幾つもの日向のような記憶持ち吾の晩年少し彩る
 老年の幸せである。僕は幸せな記憶もあるが、辛い記憶が多過ぎるようだ。
 「游芸集」のM・睦子さんの「彷徨う日々に」6首より。
泣くほどの一つ一つはあらねども今宵の月に不意に泣きたし
 小さな幾つかの、あるいは薄く続いた、無念が作者にあるのだろう。
 「大翼集」のY・恵子さんの「初詣」6首より。
笠地蔵今は昔の話なり青きシャポーにケープ着こなす
 昔噺の「笠地蔵」にある地蔵様も、今はモダンな服装を贈られている。重ねたカタカナ語も新しい。




西村曜 コンビニに生まれかわってしまっても
 今月15日の記事、「歌集3冊と詩集1冊をダウンロード」で報せた内、西村曜・歌集「コンビニに生まれかわってしまっても」kindle unlimited版を、タブレットで読み了える。
 kindle unlimited版の歌集の読了として、2月27日の記事、法橋ひらく「それはとても速くて永い」に次ぐ。
概要
 各版の発行時期、価格については、ダウンロードのリンクで報せたので、参照してください。
 西村曜(にしむら・あきら)は、1990年・生まれ、2015年に短歌を始め、2016年に「未来短歌会」入会。
 332首、加藤治郎・跋「生きていくこと」、著者・あとがきを収める。
感想

 著者が女性なのか男性なのか、わからなかった。表紙のイラストは、泣いている娘さんである。名前は「曜(あきら)」と男っぽい。自分を「俺」「おれ」「僕」と詠んでいる。後になって「わたし」と書かれ、「あなた」と呼び掛ける。「父と娘」「処理のあまい腋毛」「年増と呼ばれ」と詠んで、どうやら作者は女性のようだ。
 どちらでも良い程には、僕はまだ進んでいない。もし性指向が変わったのなら、それで良いけれども。
 画学生、引きこもり、コンビニ店員を移るなど、生活状況はあまり良くないようだ。それでもひっしに生き、恋をし、歌に救われて、生活しているようだ。
 加藤治郎は、なぜ困難な生を送る若者たちの歌集ばかり、プロデュースするのだろう。志向があるように思える。

引用
 以下に7首を引く。
サブウェイの店長として一生を終える他人がとてもいとしい
せりなずなてめえこのやろ息災は遠くフリーズドライの七草
「もしもし」とあなたが言って俺はその「もしも」の音に慄いていた
「いたみってすごい空港名だよね」それはしずかに発音をする
こしあんパンほどに優しいひとだからかばんの底でつぶれてしまう
おとうとよ「一口大に切る」ときは信じろきみの大きな口を
腐敗したわたしの心のやわらかさなぜかあなたはやさしさと呼ぶ



 

 

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