風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

全歌集

 今月2日の記事、届いた2冊(9)で報せた内、川野里子の短歌評釈「葛原妙子」を読み了える。
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 購入の経緯については、初めのリンク記事に述べたので、ご参照ください。
 笠間書院、コレクション日本歌人選070、2019年7月25日・刊。122ページ。
 歌誌「かりん」選者の川野里子(6冊の歌集あり)が、戦後・前衛派の歌人・葛原妙子の短歌50首を選んで評釈すると共に、略伝、略年譜、解説、読書案内(全歌集、参考書、等)を付す。

 1通り読んでみて、称賛のあまり、作者の意図・心情を越えたと思われる評釈がある。塚本邦雄の美化よりは、良いと思うけれども。
 生活短歌を詠む僕は、出来るかぎり、葛原妙子の短歌を生活に還元したい。

 これから砂子屋書房「葛原妙子全歌集」4,900首に突撃する予定だけれども、僕は切り抜けられるだろうか。川野里子のこの評釈本は、携えることなく、処分したい。



 

 最近に僕が入手した5冊を紹介する。
 先の7月6日の記事、同(2)に次ぐ。
 入手した本として、今月12日の記事、届いた3冊(5)に次ぐ。

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 まず県内にお住いの作家・評論家、張籠二三枝さんが評伝「三好達治 詩(うた)枕」を贈ってくださった。「三好達治 詩語(うたがた)り」、「三好達治 詩のエピソード」に続く、第3作である。
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 本阿弥書店より、綜合歌誌「歌壇」2019年9月号が届いた。
 内容も期待されるが、心急かされる思いがする。

江畑實 歌集 デッド・フォーカス
 KIndle Unlimited版で、江畑實・歌集「デッド・フォーカス」をタブレットにダウンロードした。
 単行歌集として、Amazonで検索して見つけた本。全歌集の他の歌集として。

柳原白蓮 踏絵
 特異な歌人として気になっていた、柳原白蓮の第1歌集「踏絵」Kindle Unlimited版をダウンロードした。キャッチに「全歌集」とあったので、全歌集がUnlimited版で入手できるかと喜んだ。実は追加金無料はこの歌集のみで、第2歌集以降は有料だった。全歌集は何冊にもなるので、買わない予定。
杉谷真浩 マインドデザイン…
 杉谷真浩さんのマインド本。「あなたの夢を叶えるマインドデザイン実践術」。
 最近にブログサークルでフォロワー同士になった彼が、Kindle本を出版したので、得意な分野ではないが、友情の証しとして。彼も「気になる所から、読めばよい」と語っている。


 Amazonに注文した本2冊が、8月1日(第1木曜日)の午後に、まとめて郵便で届いたので、紹介する。
 先の7月14日の記事、同(8)に次ぐ。
 購入本としては、7月23日の記事、歌集2冊をダウンロードに次ぐ。

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 まず川野里子「葛原妙子」である。笠間書院、「コレクション日本歌人選070」。
 2019年7月25日・刊。1,300円+税。
 2002年、砂子屋書房・刊の、「葛原妙子全歌集」に読み入ろうとするのだけれど、難解と言われており、参考書がほしかった。川野里子の「幻想の重量―葛原妙子の戦後短歌」を読みたかったけれど、各店で品切れであり、Amazonのマーケットプレイスでは(善本は)プレミアがついて、買えなかった。
 この本を出版予約していたので、Amazonに予約した。

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  プロ・マンガ家、あかつきりゅうさんがブログ「あんことむぎと」で宣伝していた、猫まんが集「猫まんが いつでもモフモフ」が、Amazonより届く。
 マガジンハウス・刊、907円+税。
 あかつきりゅうさんのマンガ以外も、すべて読もうと思う。


 

 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、歌集編のしまい、「初期歌篇」421首と、栞の遺詠9首を読み了える。先の6月16日の記事、同「鼓動以後」を読む(4)に次ぐ。
 全歌集にあとは、「歌集別総目次」、「年譜稿」、「あとがき」、「編纂覚書」、「初二句索引」を収める。
概要
 「初期歌篇」には、第1歌集「蟬」以前に発表された、「新万葉集」掲載2首と、「多摩」掲載419首を収める。18歳~25歳の作を、発表年月号順に配列する。
 没後に全歌集の発行される歌人は、幸せである。
感想
 若さと共に、感受性ある、抒情的な歌群である。
 若さと、「多摩」の歌の傾向だけではない、豊かでもなく東京工業大学電気工学科に学ぶ負い目と、上京1人暮らしの淋しさがあったのだろう。
 従軍を経て、歌風は変わり、骨太だが苦渋の多い歌となる。この変化を読んでも、感受性を擦り減らした戦争が悪と知る。
 これでこの「葛原繁全歌集」と別れる。
引用

 以下に7首を引く。
水のごと心冴えつつ月夜来て板塀にひづむわが影は見き
下心(した)堪へむ想ひ苦しもみ冬づくポプラの梢空にきほへり
ストーブの燃えつぐ聞きて山の夜はそれのみに親し刻(とき)移りつつ(道後山登山行)
淋しさを弟は告げねど病室の壁にはなやぐ夕日を言ひぬ
燃え果てし命のきはみ知りしより学生われらことあげをせず(昭和17年)
先生と呼び申すさへ懼れつつ恃みまつりし師はすでに亡し(北原白秋・逝去)
学生生活の最後の夏に許されし十日の暇短く過ぎぬ
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。




 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、「鼓動以後」(1,359首・収録)の4回め、最終の紹介をする。
 先の5月28日の記事、同(3)に次ぐ。このあとは短歌作品として、初期歌編421首と、別冊栞に掲載された遺詠9首のみである。
概要
 今回は、547ページ「時も命も」(1990年)の章より、しまい586ページ(1993年)までを読んだ。この時期、著者は肝炎を病み、1993年1月7日、肺癌のため死去した。
 僕が「コスモス」に初出詠したのは1993年12月であり、没後すぐに当たる。
感想
 「コスモス」の創刊者・宮柊二の没後、「コスモス」は幾つに分かれるか、などと噂されたらしいが、葛原繁が編集人となり結社をまとめ、分裂を防いだ手腕は大きく評価された。
 会社勤め、家族の扶養、結社の維持拡大などに、成功した。また歌人としても、読売文学賞を受賞するなど、評価された。
 しかし葛原繁の短歌が、今1つ膾炙されないのは、実務面に心身を向け過ぎたからだろうか。
引用

 以下に7首を引く。
宇宙にて徐々に近づきドッキング成るまでを映す生中継にて
見る我も水に浮かべる鴛鴦もおしなべて今春の日のなか
寝ては起き仕事なしをり予後の身は机のそばに布団を敷きて
一党独裁の終(つひ)の帰結か民衆はののしりて屈せず戦車の前にも(ソビエト政変)
歩み来し我の目前に紅梅は花をつらねて陽にかがやけり
遊民ら春日に出でておのも憩ふビルの谷間の石の広場に
身力の失せゆくことを如何せむかく嘆くかも残暑の明暮れ
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、全歌集に初めて収められた(生前未刊)の歌集「鼓動以後」の、3回めの紹介をする。
 今月17日の記事、同(2)に次ぐ。
概要
 今回は、504ページ「雪の火口」(1988年)の章より、547ページ「かなふならば」(1990年)の章までを読む。
感想
 葛原繁(1919年~1993年)の短歌が、今1つ純粋に澄まなかったのは、郷里の者を含め家族を養う、「生活のため」に会社側に立った(日新運輸倉庫・取締役を務める、等)ためかも知れない。従軍体験から、美への純粋な憧れを信じられなかったためかも知れない。
 少年少女を詠んで明るい歌が多く、未来に期待する点があったようだ。
 宮柊二・没後の「コスモス」編集人となる(1987年)が、体調は衰えこの時期、腸閉塞・肝炎で2度の入院をした。

引用
 以下に7首を引く。
鼓笛隊先だて来るも師の写真樽酒載せし車を引きて(柳川頌歌)
一本の菊をささげて頭(かうべ)垂るさはやけし先生の無宗教の葬儀(山本健吉氏逝く)
雨の輪を生みつつ水は行くものか下野(しもつけ)草の咲く花の下
人影の二三あるのみ一望にしぐれて寒し人工の浜
うちつけに東欧の民衆の声ひびく戦中戦後の世を知る我には
予後の身の一喜一憂くり返し耐へたる冬も春ならむとす
やつかいな肝炎と思ふ残生に仕遂げおきたき仕事を残せば
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。




 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、歌集「鼓動以後」の2回めの紹介をする。
 今月12日の記事、同・(1)に次ぐ。
概要
 僕は歌集「鼓動以後」と称しているけれども、この編の扉には「歌集」の文字はない。単行本歌集として刊行されていない。歌集「鼓動」以後の没年に至る1,359首を、全歌集に一括して収めた編である。
 今回は、483ページ「昭和62年」の項より、504ページ「昭和63年」の項の「師を偲ぶ会」の章までを読んだ。
感想

 付箋を貼った7首に、寸感を付して、感想とする。
雲か霧か峡の紅葉をよぎり行く冷えしるき朝をカーテン繰れば
 会津に旅しての、美しい旅行詠を成した。
奥嵯峨のこは祇王寺か入りゆけば一宇閑雅なり茅葺にして
 旅行して名所の現実を観ると、新しい感慨がある。無常観も感じているようだ。
師の悲報至るたりなりあわててはならじと思へど身の定まらず
 師・宮柊二は、1986年12月11日に亡くなった。「宮柊二先生逝去」の、挽歌の大連作を成している。
先生のおん身燃ゆるかがうがうと炎(ひ)の音は鳴るわが胸のうち
 同じく火葬場の場にて。大歌人の最期と共に、大結社の折り目を、感じたか。
花のもと飲み且つ歌ふが花見にてあまつさへカラオケ鳴らせるもあり
 歌人として桜の名歌を願うのとは、かけ離れた世情である。
今生の母との別れす夕あかね来迎光(らいがうくわう)と車窓より見て
 母の今際に間に合わなかったが、「母逝く」の挽歌連作を残した。
師を偲ぶ会とし思へど立ち動き落ち居がたしも裏方われは
 1988年の発表。結社の裏方として、落ち着かないまま、実務をこなしたのだろう。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



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