風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

全歌集

 短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、第2歌集「鑿岩夫」を読み了える。
 第1歌集・
「どん底の叫び」は、今月19日の記事にアップした。
概要
 1930年、紅玉堂・刊。「どん底の叫び」と同じく、発禁となる。無産者歌人叢書。
 藤沢清造・序、西川百子・序、自跋を付す。
 この2歌集の間に、二松学舎専門学校・中退、本家・岡部家への婿入り(?)婚がある。なお幼くして母を亡くし、1929年に父を亡くしている。
 このような状況や、プロレタリア運動の自分への疑問から、等で「プロレタリア歌人同盟」を脱退した。
感想
 「解説」で「ただ勢いのおもむくままの叫びというものであるかもしれない。」と書かれるけれども、非定型ながら、レトリック的には、充分に練られた作品である。
 自跋で、「感動性、効果性について今後も深く考究して行くであらう。」と述べている。
 当時の労働者の思いを表現していたか、どうかは、僕は知らない。
 2歌集とも発禁とはいえ、大いに煽って撤退したあとの反動は、大きいものだったろう。
 それを凌いだのも、短歌の力であったか。

引用
 以下に5首を引く。なお(′)のついた語には、アンダーラインを引いた。
カンテラに命を懸けた一銭二銭の涙金、あつたかい仲間から寄せ集めた金が一円、汗でべとべとよごれた一円紙幣(さつ)でセメント樽の棺が出来た
おら、いい年齢(とし)して争議や、やめだ」「ええ!なにいふぞい」なあ製煉夫の辰公や、お前にや亜硫酸瓦斯でただれた声ふり絞って「足手まとひだがおらもまぜてくれ」おお!あの六十のお爺(やつ)さんのことが忘れたつてかい
ぶつつづけに続く業雨(ごふさめ)だ、トンネル長屋はむくれかへり床下まで泥水だ仕事はねい立つてもゐてもおられん嬶あはきんきん声でどなりちらすんだ
がちがち冷飯かつこんだ女工達(おれたち)は金網にへばりついて深呼吸だ、換気扇も廻つとらん工場の中は埃でもうもうだい
拘束(しよつぴ)かれる仲間を、ただれた赤い眼で、じつとにらむ父つあん、父つあんは ぶるぶる、み、み、身もだえするばつかつだ
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写真ACの「童話キャラクター」より、「桃太郎」のイラスト1枚。




 

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 青磁社「永田和宏作品集 Ⅰ」も、今月14日の記事「日和」で過ぎたので、「岡部文夫全歌集」(2008年、短歌新聞社・刊)を本棚より出して来た。
 全歌集・購入は、前ブログ「サスケの本棚」に拠ると、2016年5月23日の記事にアップされている。定価9千円を、「三月書房」より再販本で5千円(消費税、送料、込み)で買っている。19歌集+合同歌集より抜き書き+初句索引等を収める。
 1956年より晩年まで、福井県内に住んだ事が親しい。
概要
 岡部文夫(おかべ・ふみお、1908年~1990年)は、石川県志賀町に生まれ、1928年「短歌戦線」に参加。
 1930年、口語非定型の歌集「どん底の叫び」を出版し、発禁となる。
感想
 学生(二松学舎専門学校)の身で、肉体労働者の叫びを描き、レトリック的に優れている。
 しかし次の歌集「鑿岩夫」も発禁となり、行動を伴わない運動に疑問を抱き、「プロレタリア歌人同盟」を脱退し、歌誌「青垣」に拠ったとされる。

引用
 歌集「どん底の叫び」より、5首を引用する。なお(‵)の付された語は、アンダーラインを引いた。
ごみ人夫から溝さらひまで一万三千人のごつい総罷業さ、見れ!東京の街を泥にしてやる
(む)したての大福のやうにべとべと肉がくつつくのだ仲間の身体は手もつけられねいぜ(炭坑)
(つら)と手をまつ黒にして上つてくれや夕方だい、眼と歯が光つてゐらあな(煙突掃除夫)
みんながみんな歯ぎしりをかみしめて生☓しにされた同志の棺が黙然と行く
一日の血を搾られた生白(なまじろ)い女工の群が、どたどた吐き出されくる


 

 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、最後の第19歌集「漂泊の海」を読み了える。
 先行する
歌集「野分のやうに」は、先の6月28日の記事にアップした。
 この全歌集は、生前版なので、この後も歌集があり、現に1985年・刊の「冬の虹」を、僕は某古書店に注文している。
 「漂泊の海」は、1979年、短歌新聞社・刊。
 彼女の歌の功績に、抽象語・観念語の導入を前回は挙げたけれど、彼女は豊かな比喩を用い、象徴の域に達した歌がある。
 文学者を含めての周囲の応援と、自身のたゆみない努力の成果だろう。家庭的には、恵まれない面があったかも知れない。
 以下に7首を引く。
防風の痩せて貼りつきし砂原をふみつつ甦るわれの少女期
遭難碑海にむかひてたつ岬死の風景は明るすぎむか
弱音など吐かねど死(しに)は切なしよ君の遺品を分ちつつゐて
たましひに孤独ありやと思ひゐていたくはかなし生きゐる吾は
人を待つための春衣飾られし街あゆみきて雪のふる喪か
朝市のたちゐる中に売られゐる巻貝があり海藻があり
妬まれてゐるほどもなし馬鈴薯の芽をもげり微量の毒に魅(ひ)かれて
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



 

 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、「野分のやうに」を読み了える。
 先行する歌集
「灯よ海に」は、今月15日の記事にアップした。
 「野分のやうに」は、1979年、新星書房・刊。
 彼女は、観念や幻想の世界を詠うのではなく(能に題材を採った連作を除き)、日常詠、旅詠に観念語、抽象語を導入した功績がある。
 群馬県沼田の旧家に嫁いだ、閉塞感だけではない。生方たつゑ(1904年~2000年)はその前、1926年より東大哲学科聴講生として学んでおり、観念・抽象への志向があり、摂取した事もあったのだろう。
 この歌集は、夫への挽歌として賞揚されているが、挽歌は最後の「野分のやうに」の章の「喪」の節のみである。
 以下に7首を引く。
夜の潮に島も燈火もなきはよし過誤かたよせて吾もねむらむ
人恋ひて通ひし道か八重葎花火のやうに花爆ぜるみち
死後のことやすやすと言ふわれらなり亀裂入りたる壁の中の部屋
稀釈されて生きゆくことも切なしよ患みゐる夫も看取るわたしも
累層をなして棕櫚の花の黄が和解のごとく房垂りてゐる
雪しろが石突きくだすひとところ川も険しき貌をなさむか
半眼となりしまぶたを撫でながらいのち熄みゆくを知るてのひらか(喪)
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。






 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、歌集「花鈿」を読み了える。
 前歌集
「虹ひとたび」は、今月18日の記事にアップした。
 歌集「花鈿」は、1973年、牧羊社・刊。井上靖・序文、「あとがき」を付す。
 1972年・刊の歌集「紋章の詩」に内容的には先行するらしく、全歌集では先に置かれている。
 序文で井上靖が「極北に立った鋭さを見せています。…生方さんを取りまく外界がすっかり構築され直した感じです。」と讃えている。「あとがき」で夫の2度の入院、古家が国指定重要文化財となった事などを書き、「私が、もはや、人生の結末への準備をしなければならない要求にせまられたのは嘘ではない。」と述べている。また「私個人としては、大きい『あらたまり』のこころにゆすぶられてよみあげたものであることを信じたい。」とも述べている。
 「虹ひとたび」の記事で僕が書いた、新しい地平、新しい歌境に入りつつある自信だろうか。
 以下に7首を引く。
絶えまなく噴き熄まぬもの化合(けがふ)して夏旺んなる千島火山帯
狐の嫁入りの民話を信じきたりたるわが少女期の甦るは五月
歪みたる瓶も鉱化せる石鹸も惨の証(あかし)してかなしきあさか(広島―爆心地―)
血のやうな赤きプラムの果汁吸ふ病めばやさしくなり合ふわれら(夫病めば)
花のマッス窓にかがやく晨(あした)にて体温ひくきしあはせ分つ
胎児のやうに跼む谷石をふむときに収斂はくる秋のこゑして
ひる暗き土蔵の中のてのひらに重し磨滅の踏絵を持てば
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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



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