風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年2月20日で以って、Kindle本・短編小説「底流」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
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全詩集

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)を読み進み、「『スクラップブック』から」の、1回めの紹介をする。
 先行する「茨木のり子『歳月』(Ⅲ)」は、今月6日付けの
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 この「『スクラップブック』から」は、紙誌に既発表ながら、どの詩集にも未収録の102編を、この全詩集を編集した宮崎さんが、周囲の協力を得て集め、編集した1群である。「全・詩集」で済まさず、「全詩・集」とした事は、編集者が責任を負って、評価されるだろう。
 今回は、1950年9月、詩誌「詩学」に初めて発表された詩「いさましい歌」から、1962年4月「記録映画」に発表された「M・Tに」まで、28編を読んだ。
 最初の「いさましい歌」第5連は、「手綱をにぎり/さあ行かうペガススのやうに/蒼穹のはての/あをいあをい透明の世界へ/わたしの髪は煙のやうになびき/お前のたてがみは時空の風を切つて飛ぶ」と、題名通り勇ましく、暗喩を追う戦後詩の色が濃い。
 「民衆」第6連は、「ああ/こののびやかな四肢に、/似合はぬ ふてた姿勢をすてて/ひまはりのやうに立つ日は/何時だらう!……」と、女性としての自立を願っている。
 「年賀状」の第7連、8連は、「むかしはたくさんの女たちが沈没した/女たちの魂と言葉はそこなわれて、死んだ//いまは多くの女たちが弾きかえし/いきのいい鯨や山鳥が傷をかくして/飛びはねる」と女性の反撃を賞めている。
ザクロ3
フリー素材サイト「Pixabay」より、柘榴の1枚。

 昨日に続き、花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、遺稿詩集「歳月」の最終第3章を紹介する。第3章は9編。
 茨木のり子は、1926年・生、1949年・結婚(23歳)、1975年・夫が肝臓癌で死去(詩人・49歳)、2006年・死去(79歳)。夫婦に子供はなく、音信不通のため訪れた甥に発見される。世に俗にいう孤独死である。
 「歳月(Ⅲ)」は、遺稿に目次のメモがなく、編集した甥の宮崎さんが、故人の意向に添うように配列した。その事に不満はない。
 ただ詩集名を、最終詩編の題名より「歳月」とした事は、遺稿詩集とはいえ、内容からみて地味ではないか。もっとつやのある詩集名、あるいは原稿の入っていた箱に書かれていた「Y」(夫のイニシャル)もシンプルで良かったのではないか。
 詩では、「なれる」事を嫌い、パンツ1枚でも品があったと回想し、「人を試す」事で叱られ感謝している。
 遠ざかる面影に縋るような、切実な1編があるので、以下に全文引用する。

  電報

オイシイモノ サシアゲタシ
貴公ノ好物ハ ヨクヨク知リタレバ

ネクタイヲエランデサシアゲタシ
ハルナツアキフユ ソレゾレニ

モットモット看病シテサシアゲタシ
カラダノ弱点アルガゴトクアラワニ見ユ

姿ナキイマモ
イマニイタルモ
菊4
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。


 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、没後に刊行された詩集「歳月」3章を、順次、紹介して行きたい。
 この詩集について、編集した甥の宮崎さんは、茨木のり子の没後、清書された詩40編、目次のメモ等を発見し、かつて詩人が花神社へ挽歌の出版の意志を伝えてもいた、とあとがき「「Y」の箱」で述べている。
 原著は2007年2月、花神社・刊。3章39編(1編は既収録のため)。
 「歳月」は夫の死後より自身の急逝まで31年間に、書き溜められた夫へのラブレターのようなもの(詩人の言葉)である。
 (Ⅰ)は14編。「夢」では「…夢ともうつつともしれず/からだに残ったものは/哀しいまでの清らかさ//やおら身を起し/数えれば 四十九日が明日という夜/あなたらしい挨拶でした/…」と、夫を没後にも感じている。
 「占領」という短詩があるので、以下に全編引用する。

  占領

姿がかき消えたら
それで終り ピリオド!
とひとびとは思っているらしい
ああおかしい なんという鈍さ

みんなには見えないらしいのです
わたくしのかたわらに あなたがいて
前よりも 烈しく
占領されてしまっているのが


 初期の少女時代を懐古する(それだけではない)詩や、後期の人々を世を叱咤(激励)する詩より、「歳月」において茨木のり子は成熟し、すべての詩業の頂きを成す、と僕は受け止める。
菊2
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。



 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2月・2刷)より、「茨木のり子集 言の葉3」の書き下ろし3編を紹介する。
 今月14日の
記事(←リンクしてあり)、「倚りかからず」に継ぐ。
 原著は、2002年、筑摩書房・刊。
 「言の葉」全3巻は、それまでの彼女の詩と散文の選集である。僕はかつて、単行本で3冊とも読んでいる。
 今回は当時、書き下ろしの詩、3編のみの紹介である。
 「球を蹴る人 ―N・Hに―」では、「それはすでに/彼が二十一歳の時にも放たれていた//「君が代はダサイから歌わない」/…//球を蹴る人は/静かに 的確に/言葉を蹴る人でもあった」と、サッカー選手の言葉を引いて、持論の国歌批判を提出している。
 「行方不明の時間」では、行方不明の時間の必要を説きながら、末尾に孤独死を暗示するような数行があって驚く。夫が1975年に亡くなり、一人暮らしの年を重ねていた。
 全詩集の順番でゆくと、この詩が生前の詩集で発表された、最後の1編となる。ただし彼女には、没後に刊行を望んでいたらしい詩集、「歳月」があり、この全詩集に収められている。
菊1
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」を読みおえる。
 先月9月27日の
記事(←リンクしてあり)、「詩集未収録作品」に継ぐ。
 原著は、1992年、花神社・刊。2部22編。
 「娘たち」の末2連では、「そしてまた あらたな旅だち/遠いいのちをひきついで さらに華やぐ娘たち//母や祖母の名残りの品を/身のどこかに ひとつだけ飾ったりして」と、女性のファッションへの愛着と継承に注目する。 
 「今昔」では青年僧・良寛を旅人の回想として、「沈黙が威圧ではなく/春風のようにひとを包む/そんな在りようの/身に添うたひともあったのだ」と描く。
 標題作「食卓に珈琲の匂い流れ」では、「さながら難民のようだった新婚時代/(1行・略)/みんな貧しくて/それなのに/シンポジウムだサークルだと沸き立っていた/やっと珈琲らしい珈琲がのめる時代/一滴一滴したたり落ちる液体の香り」と、中流の生活を得た安心を述べる。
 時代の経済的発展を認めながら、心が喪いそうな事に敏感である。
コスモス6
「フリー素材タウン」より、コスモスの1枚。


 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、詩集「寸志」を読みおえる。
 今月15日の記事(←リンクしてあり)で紹介した、「自分の感受性くらい」に継ぐ。
 原著は、1982年、花神社・刊。21編。
 「問い」では「ゆっくり考えてみなければ」のリフレイン、「落ちこぼれ」では「落ちこぼれにこそ/魅力も風合いも薫るのに」と、忙しい世間に批判の念を示す。
 「聴く力」では、「どう言いくるめようか/どう圧倒してやろうか//だが/どうして言葉たり得よう/他のものを じっと/受けとめる力がなければ」と結んでいる。
 昔、論争に嘘をついてでも勝とうとする上司がいたが、その末路は哀れだった。
 僕も議論しないではないが、言い勝とうとするより、双方に良い1アップした結論を探すためである。
柿4
フリー素材サイト「Pixabay」より、柿の1枚。

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年・2刷)より、詩集「自分の感受性くらい」を読みおえる。
 今月8日の記事(←リンクしてある)、「人名詩集」に継ぐ。
 原著は、1977年、花神社・刊。
 標題作「自分の感受性くらい」の末連で、「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」と叱る。
 しかしこの作品を初めて読んだ時、そうとばかりも言えないと思った。昇進の望みのない殺伐とした現場で働いていると、自分の感受性というか、感性というか、コンクリートで擦りつけられるように、荒れて行くのがわかった。
 医者の娘に生まれて、医者に嫁いだ女性には、わからない事だろうか。
 金子光晴への挽歌、「底なし柄杓」が優れている。
柿1
フリー素材サイト「Pixabay」より、柿の1枚。

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