風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

参加者

 12月10日(第2木曜日)午前10時より、橘曙覧記念館にメンバーが集まり、短歌研究会C・12月歌会を開いた。
 同・11月歌会は、先の11月13日の記事にアップした。




 事前1首出詠・8名、参加者5名。
 T・Mさんの上句「購
(あがな)ひし子狸車中に抱きつつ」は、初句・2句が「子狸を購(か)ひて車に」になった。
 Y・Yさんの下句「心に刻みて嗚呼七十五年」は、「心に刻み七十五年」で思いが伝わる。
 T・Tさんの2句「歩けば傷む」は「歩けば痛む」が、妥当だろうとなった。
 A・Kさんの結句「満快の景色」は、「満快」の語はないので、「映る景色を」になった。
 M・Kさんの1首は、結句に余地があるが、ほぼパス。
 T・Hさんの中句「風途絶え」は、「風の絶え」が良いだろう。結句「ふはふはな良し」は、「ふはふはが良い」の案も出たが、自身の案で「ふはふは柔
(やは)し」となった。
 Y・Nさんの中句「猫おりて」は「猫をりて」に、下句「萩の垂れ枝の微かに揺るる」は「萩の垂れ枝を微かに揺らす」となった。
 僕の叙景歌は、4句「裸か木の枝
(え)に」を「裸木の枝に」に直すよう指摘されたが、「らぼくのえだに」と読まれかねないので、元のままにしたい。結社歌誌に出詠しない積もりだ。

 一年前に脳梗塞で倒れた代表、U・健一郎さんが退院し、リハビリに励んでいるとの報告があり、回復・再吟詠を待ちたい、と参加者で語り合った。
 欠席者の会費徴収について相談があり、次回の日程を決め、11時半頃に散会した。
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写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 11月12日(第2木曜日)の朝10時より、短歌研究会C・11月例会が橘曙覧記念館の会議室で持たれた。
 同・10月例会は、10月9日の記事にアップした。



 参加者・4名、事前出詠1首・9名。これまで出席のTTさん、YNさんは、健康や事情で欠席だった。
 詠草の検討では、欠席のうち4名と、僕の歌が原形でパス。
 事情で早く帰るMKさんの歌は、結句「小花零したり」が「小花を零す」になった。
 TFさんの4句「この朝犬は」が、「犬はこの朝」になった。
 YYさんの下句「柿の木に十まり漸く実る」が、「柿の木に十余やうやく実る」となった。
 新人のAKさん(欠席)の歌、「冬の使者コハクチョウ飛来日野川に疲れを癒やし優雅に川面を」は、「冬の使者コハクチョウ来ぬ日野川に疲れを癒やし優雅に泳ぐ(あるいは「浮かぶ」)となった。検討のあと、柏崎驍二「うたを磨く」よりプリントした、「形式を守る」を読んだ。
 次回の日程を確かめ、四方山話をして、11時半頃に散会した。

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写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 10月8日(第2木曜日)9時半より、橘曙覧記念館の会議室で、短歌研究会C・10月歌会が持たれた。
 同・9月歌会は、先の9月11日の記事にアップした。



 参加者5名、1首・事前出詠9名。
 参加者の歌より。
 YYさんの2句3句が、「布袋に夫は似るとうが」は「夫は布袋に似るけれど」に、結句の「添ひゐつ」を「添ひきた」に直された。
 YNさんの結句「曳く雲に舞ふ」の「曳く」がよく判らないので、自身の意見も入れて、「弧を描きて飛ぶ」に改めた。
 TFさんの3句「燃え立ちて」は、結句にも「荘厳したり」の強い言葉があるので、「咲き盛り」に改める事になった。
 僕の歌は(遠慮されたか)直されなくて、拍子抜けした。
 MKさんの歌はいろいろ意見が出たが、結句「一息に呑む」を自身が「ひと息に呑む」に改めた。

 歌会のあと5名で予定通り、近くの料理屋「はなせ」にて、ミニ懐石を頂きながら、歓談した。午後1時、散会した。
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写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。





 9月19日(第3土曜日)の午後一時半より、県教育センターの会議室を借りて、県詩人懇話会・主催の「第42回会員の詩書を祝う会」が持たれた。
 今年2月17日の記事、第41回・同に次ぐ詩の催しである。



祝う会全景
 第42回の今回は、コロナ禍のもと、体温検知、マスク着用の上の参加で、事務局に拠ると17名(写真に入らない人を含む)の参加だった。
 T・Aさんの司会のもと、懇話会代表のW・Mさんの開会挨拶で祝う会が始まった。挨拶では、「作者の素顔を、どういう思いを込めているかを、楽しみに、有意義な会にしたい」とも述べられた。
 今日の対象の3冊の著者、3名が詩1編を朗読した。
 次に1冊ずつ、著者へのインタビュー(前以って決めていた)があった。

 こじまひろ・詩集「逝き咲き」には、S・Sさんがインタビューした。60代からの異色の詩人である、素晴らしい後半生だと讃えられた。また「絶縁体」では、大工だった経験を活かして、古家の電気配線になぞらえて、生を語った。
 西畠良平・詩集「溶け出した言葉」は、K・Hさんがインタビューした。著者は、若くから詩を書いていたが、新聞記者となって作品の発表を制限し、新作31編で詩集を成し、遅い第1詩集となったと語った。詩集に頻出する「あなた」とは誰かの問いに、神であり(彼はクリスチャンである)、不特定多数であり、妻を含む特定の女性である、と答えた。これからのテーマを、リアリズム・オンリーでない時事詠としたいと語った。

 立石百代子・詩画集「喰うな!おれのだ!」は、インタビュアー予定のY・Mさんが都合で欠席なので、司会のT・AさんがY・Mさんの質問事項を読み、著者が答えた。著者は、高齢者にも文字を読んでほしく、詩画集を成したと語った。アフリカ訪問の経験が大きく、スラム街、サバンナの没り日にも打たれ、ライオンが草食動物を育てた話を、主題とした。娘さん、お孫さんが絵を担当し、次の詩画集のプランもあると語った。

 参加者は多くなかったが、会場からの発言も多く、盛会だった。予定をやや押して、4時20分頃に散会した。





 8月6日(第1木曜)午前10時より橘曙覧記念館の会議室で、短歌研究会C・8月歌会が持たれた。
 同・7月歌会は、7月9日の記事にアップした。



 1番に着いた僕は、長椅子の位置調整をし、窓を開け放ち、空調の調節をした。
 参加者は、女性4名、男性2名の、計6名。事務局が用意したプリントには、9名9首。

 参加者の歌のみより。YYさんの3句以下「肩傷め何かと障りし右腕惜しむ」は、自身の意見と助言で、「痛む肩何かと障る右腕愛しむ」となった。いじくり過ぎの気もする。
 TTさんの1首は、途中に主語の転換があるも、そのまま。
 僕の歌は、3句「成功だ」など言い尽くしていると、自分で気づく。芭蕉の「言ひおほせて何かある」(去来抄)の言葉を思い、反省する。
 YNさんの下句「厨覗くがに身じろぎもせず」は、「身じろぎもせず厨を覗く」にする案が出たが、本人もその案は検討したという事で、原案通りとなった。
 MKさんの初句「たはむれに」を変える考えが出たが、亡夫恋につながる哀切が表れると、原案通りとなった。
 TFさんの1首は、そのまま通った。

 欠席者の歌も批評し、次回の日程を決め、11時半過ぎに散会した。
シークワーサー2
 写真ACより、「シークワーサー」のイラスト1枚。


 2月15日(第3土曜日)の午後一時半より、県教育センターの1室で、県詩人懇話会・主催の「第41回会員の詩書を祝う会」が持たれた。
 詩の催しとして、昨年10月22日の記事、「ふくい県詩祭in三国」に次ぐ。ただしこの間に、僕が参加しなかった、詩書を祝う会があったようである。



 参加者は26名で、事務局の想定を大きく越えた。
 H・信和さんの司会のもと、詩人懇話会・代表のW・本爾さんの開会挨拶のあと、当日の朝に亡くなられた会員・神子萌夏さんへ黙祷が捧げられた。

 M・あずささんの詩集「その心の海は」に就いて、A・雨子さんがインタビューした。内容と微細に触れつつ、スムーズな進行だった。
 Y・清吉さんの詩集「自然生死」に就いては、K・久璋さんが前以って質問事項をY・清吉さんに提出し、それに答える形で、原稿が読まれた。
 82歳にしての第1詩集、S・章人さんの「在所」に就いて、S・周一さんがインタビューした。S・章人さんの詩以外の文化的業績にも関わるものだった。

 詩集刊行者にインタビュアーより花束が贈られ、予定よりやや押して、午後4時20分頃に散会した。僕はカメラマン役だった。内容は懇話会会報に載るだろう。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


年刊句集「福井県 第57集」
 3月は毎年、福井県俳句作家協会「年刊句集 福井県」の発行される月なので、今年も協会事務局へお願いした所、平成30年版・第57集を送ってくださった。
 3月25日・着。スマートレター・便。2019年3月20日・刊。

 昨年の「同 56集」の読書記事は、昨年5月15日の(8)が了いである。リンクより、過去記事へ遡り得る。
 
 第57集は304ページの分厚い本である。作品集欄は、1ページ2段組、1名1段10句を載せる。
 試算したところ、408名の参加であり、昨年の試算・394名より、やや増えている。
 福井県短歌人連盟の年刊歌集「福井短歌」の100名前後、福井県詩人懇話会の年刊詩集「詩集ふくい」の60名前後に比べて、格段に参加者が多い。

 僕はここ数年、この年刊句集を、ごく近い時期の、同じ地域の、詩のアンソロジーとして、大切に受け取っている。小分けにしながら読み進んで、ここに記事アップしたい。



 

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