風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年2月20日で以って、Kindle本・短編小説「底流」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「柴田哲夫 底流」と検索すれば、すぐに出て来ます。柴田哲夫は、Kindle版・詩集「詩集 日々のソネット」、「改訂版ソネット詩集 光る波」と同じく、僕のペンネームです。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。Kindle版の無料キャンペーンも随時行ないます。多くの方のご購読を願っております。

反権力

 先の10月28日の記事、ふくい県詩祭で頂いた3冊、で紹介した内、同人詩誌「角(つの)」第51号を読み了える。


 今年7月11日の記事に、同・第50号を読む、をアップした。



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 第51号は、2019年9月5日、角の会・刊。詩は12名12編、散文で特集・第二回蝸牛忌の3名3編を収める。
 O・雅彦「やむやの淵の記憶」は、塩冶(やむや)の淵の岸辺で、詐計を用いたヤマトタケルに敗れるイヅモタケルに、自分をなぞらえる事で、自分の人間性と反権力性を表現している。
 K・悦子さんは「夏のソネット」を寄せる。県内の同人詩誌で最近、ソネットを散見する。僕のソネットに倣った訳ではないだろうが、詩ではソネットばかり書く者として、ソネットの隆盛を願う。
 Y・清吉さんの「ぽかんの刻(とき)」は、「いつからか知らんが/なーもかんじん/なーもおもわん」と始まって、「ただぽかんと静かに/何かを待つ 己がいた」で締める。老耄の心境を開示して、新しい詩境を拓いた。

 特集・第二回蝸牛忌では、同人外ながらK・不二夫さんの「蝸牛忌の鼎談から「ワキ的位置に立つ詩人 岡崎純」」に不満である。鼎談の直前の、先輩詩人・定道明さんの講演(長年の交流、実地検証、長い考究による実証的なものだった)を、K・不二夫さんが否定して、印象批評を述べた事に反発を感じた。本文では「作家論的に語れない弱みから、・・・」と認めている。
 また岡崎純さんのエッセイ「詩人のワキ的存在について」から、詩集「重箱」「藁」の作品を能になぞらえているが、不十分である。ワキ(主に僧)が、浮かばれぬシテの霊を、誦経などにより魂鎮めして、成仏させるのが、能のストーリーである(僕は朝日古典全書「謡曲集」全3冊を読んだ)。能になぞらえるなら、ワキ(詩人)がシテ(家族や農民の魂)を呼び出すだけでなく、詩化する事で鎮める、岡崎純の初期作品である。



 今村夏子の芥川賞受賞作「むらさきのスカートの女」を読み了える。
 朝日新聞出版、2019年7月10日・2刷。

むらさきのスカートの女
 到着は今月22日の記事、届いた3冊を紹介する(6)で報せた。リンクより、「こちらあみ子」、「あひる」の感想へ遡れる。



 「むらさきのスカートの女」は、時期によって働いたり働かなかったりする「むらさきのスカートの女」を、家賃の工面を諦めた、「黄色いカーディガンの女」わたしが、ホテル清掃業務員へ誘う話である。「むらさきのスカートの女」は、飲み込みも良く、職場の受けも良く、5日目でトレーニング終了となる。しかし所長と不倫を始め、備品をバザーに出したと疑われ、仲間喧嘩から逃げ出してしまう。アパートを訪ねた所長を彼女が突き飛ばし、倒れた所長を「わたし」は死んだと嘘をつき、逃亡させる。「わたし」は彼女の後を追って共に暮らすつもりだったが、彼女と行きはぐれる。
 これは低所得者を笑っているのではない。いったんは体制側に入りながら、無邪気さ(それは公園で子供たちと遊ぶ場面で繰り返し示される)故に、体制から落ちこぼれる女性を描いて、小説の反権力性を示している。弱者の誉れと悲惨を、微かなユーモアを含ませて、丹念に描く。



 季刊同人歌誌「COCOON」Issue13を読み了える。
 到着は、先の9月29日の記事、入手した5冊(4)で報せた。



 

 その5冊の内、4冊を読み了えて記事アップ(この記事を含め)し、残るKindle Unlimited版・小説「よみ人知らず」を読んでいる。
 同・Issue12の感想は、先の6月23日の記事にアップした。


 

c・COCOON Issue13
 「COCOON」は、短歌結社「コスモス」内の若手歌人による、季刊同人歌誌である。若手といっても、1965年以降生まれの規定なので、50代歌人を含む。
 Issue13は、2019年9月15日・刊。85ページ。
 若者に時代の圧力は強く掛かる。しかしここには、かつてのような苦しみ、憤りは少ない。収入があり、結婚し(あるいは子供を儲けて)、過労に耐えて、我慢しているのだろうか。
 自由、平和、平等といった戦後の理想は、諦めたのだろうか。「アベちゃんの側に立ってしまえば、楽なんだけどね」と巷間で囁かれる。戦後民主主義を生き、歌人(芸術家の1グループ)として生きる時、反権力は基礎だと思うのだが。


 3首を引用する。
 O・達知さんの「OTAPY」12首より。
ほろよいでめんどうくさくなる人の、妻がそうだと知った衝撃
 S・なおさんの「みづの影」12首より。
「じんるいのそんぞくに猫は不可欠です」振り向けばもうだあれもいない
 S・美穂さんの「球体と歌」12首より。空虚な歌として。
炭酸の気泡がひとつ昇っても快晴の空に雲は生まれず




「歌壇」4月号b
 綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2019年4月号を、作品中心にほぼ読み了える。
 今号の到着は、今月19日の記事にアップした。リンク記事の末文より、同・3月号の感想へ遡り得る。
概要
 2019年4月1日付け・刊。169ページ。
感想

 感想と考えて、ぼんやりしてしまう。世の中の、歌壇の流れに、付いて行けないのか。
 特集の「平成の災害の歌」においても、豪雨の1因に温暖化等の気象変化、また原発災害の1因に予備発電設備が地下にあった事(指導の声はありながら)等、人災の面は省かれて、「被災」と扱われる。
 「文学は反権力でなければ意義がない」という、僕の信念なぞ、誌面のどこへやら。
 皆川博子・インタビュー(聞き手・佐佐木定綱)も、皆川博子は作家で、短歌に関心があると言っても、現在の短歌の問題に向き合う人ではない。
引用

 「作品7首」の秋葉貴子「冷静にあれ」より。
凧一つ上がらぬ正月上空を行き戻りする影はドローンか
 凧とドローンの対比の内に、詠みぶりに、時代を示している。


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 9月15日の県詩人懇話会「第38回 会員の詩集を祝う会」の会場で、半田信和さんより頂いた詩集「たとえば一人のランナーが」を読み了える。
 受贈は9月20日の記事、
「頂いた本など9冊より(1)4冊」の3番目に紹介した。
概要
 2018年2月1日、竹林館・刊。帯付き。101ページ。
 判型は、縦長の本を見なれた目には横長に見えるが、実際は正方形である。
感想
 作者は小学校校長を勤め、略歴で「大人も子どもも楽しめる作品づくりを心がけている。」と述べる。生き物を大事にする人らしく、詩集には23種類の生き物が登場する。題名(詩集の中には出て来ない)の言いきっていないフレーズが嫌だ。
 「魔法を一つ使える」「なんでもない言葉を/ちょこちょこっと/ならべかえると/どんよりした空に/ふいに虹がたつ」と得意げである。
 比喩(暗喩など)などのレトリックに、力がないというか、心の足しにならない。
 戦後詩の暗喩に暗喩を重ね、新しい暗喩を探すのに一所懸命な時代は、「荒地」派に発し、左翼系「列島」を巻き込み、日本の詩界を席巻した。しかし荒川洋治「水駅」の登場に由って、「櫂」派に残っていた、反権力としての比喩は終わりとなった。今は換喩とか訳のわからない、権力側の喩かディスコミュニケーションか、世間を知らない喩が残っているだけだ。比喩は機智(ウィット)や座興ではなかったのである。

 「ほんのわずかな時間」だけの効果(鬱憤晴らし?)を狙うのではなく、腹に応える重低音を響かせてほしい。



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 結社歌誌「覇王樹」2018年9月号を、作品中心に読み了える。
 
同誌の到着は、先の8月28日の記事にアップした。
 上のリンクから、8月号の感想、覇王樹社のホームページ、9月号の僕の歌へ至り得る。

 「覇王樹」の通常欄は、ランクの別なく1人6首掲載である。同人でない会員、準同人は、8首出詠して6首の選を受ける。
 他に1段組みのページとして、巻頭「八首抄」、「文月10首詠」(4名)、「力詠15首」(2名を予定の所、都合により1名)がある。
 散文の連載3本も、長く続いて、たのもしい。
 毎月ごとの題詠・脳トレ短歌は楽しい。

 「他誌拝見 七月号」は7誌を取り上げ、「受贈歌集歌書紹介」は4冊を取り上げ、懇切である。
 「歌会だより」では、同誌の各地の歌会が報告されている。
 僕の評論「啄木『一握の砂』の「道・路」」(2ページ)を、ネットで公開する策はないものか。

 「東聲集」のS・叡子さん「梅雨に入りて」6首より、1首を引用する。
権力の座にうそぶける男ゐて香り無くせる白百合かさぬる
 反権力を訴え続けている文壇は、歌壇のみのようにさえ思われる。




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 Amazonより予約購入した、綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2018年9月号を、作品中心に読み了える。
 本の到着は、今月18日の記事「(同)が届く」にアップした。リンクより、8月号の感想へ遡り得る。
 特集「短歌の物語性」の総論、大井学(以下、1部を除き、敬称略)「内包と外延」では、歌に関わる情報の必要性(歌を読む際の)が書かれるが、世俗的な過度の情報は、歌の読み取りの妨げになる、と言いたげである。
 佐田公子さん(僕が所属する結社歌誌「覇王樹」の編集人)の「歌物語・歌語りの世界」を読むと、「歌徳説話」を読みたくなる。歌の始めに救われた思いを持ち、救われて来たと感じるからである。
 作品群では、日常生活を詠んだ、底意の無さそうな歌が、危ないと思う。無党派層みたいなもので、どちらへも流れ得る。
 巻頭30首の、今野寿美「涙を洗ふ」より、1首を引用する。
騙されるわけにはゆかない騙されるはうが悪いと言はれかねない
 前後の歌より、反権力の1首である。ここまで書いてしまえば、後へ引けないだろう。
 インタビュー「水原紫苑 聞き手=佐佐木定綱」や講演録「ザ・巨匠の添削「北原白秋」高野公彦」を読むと、彼等が歌に就いてどう考えているか、多くの事がわかる。
 商業出版社を通さない歌の伝播が、もっと多くなってほしい。



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