風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

受贈

 11月16日の、第61回 覇王樹全国大会の席上で配られた、歌誌「覇王樹三重」No.125をほぼ読み了える。
 受贈は先の11月24日の記事、贈られた3冊にアップした。

 

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 「覇王樹三重」は、覇王樹の三重支社が発行する歌誌である。No.125は、2019年9月30日・刊。38ページ。
 故・N・志郎氏の巻頭言「牧水と山田など」、歌集未収の「橋田濤聲(東聲)の投稿歌十一首(「山鳩」所載)」に次ぎ、覇王樹賞受賞後作品として、K・恵美さんの「過ぎゆく日々」40首が置かれる。
 次いで橋本俊明氏の研究「坐忘居雑筆 「覇王樹」ゆかりの作家たち(32) 白瀧しほ―人と作品」が5ページに渉る。
 「作品」欄には、10名が数10首ずつ発表している。1ページ23首と、やや込み合っているのが惜しい。費用の面もあるだろうけれど、もう少し余裕がほしい。
 「サロン」と題するエッセイ欄には、9名が思い思いに綴っている。歌だけでなく、散文への欲求もあるのだろう。
 傍系誌のあるありがたさは、僕も季刊同人歌誌に父母の挽歌の連作を載せてもらって、よく知っている。
 「覇王樹三重」の編集発行人は、橋本俊明氏である。研究熱心な、爽やかな方との印象がある。


 以下に4首を引く。
 K・恵美さんの「過ぎゆく日々」より。
ときかけて一汁三菜の夕餉終う昨日もひとり明日もひとり
 O・孝一さんの「逆光」より。
逆光に車椅子押す介護士のシルエットを追ふわれは試歩行
 U・安世さんの「永らへて」より。
拳あげてオレンジ自由化反対を訴へたりしも遥かとなりぬ
 橋本俊明氏の「紅熱」より。
滝底を撃つ巌壁を水落ちて夏の那智滝男と思ふも


 結社歌誌「覇王樹」2019年11月号を、ほぼ読み了える。
 到着は、今月2日の記事、同号が届く、にアップした。記事には、同10月号の感想、結社のホームページ、同号の僕の歌・他、3つへリンクを貼ってあるので、ご覧ください。


覇王樹・11月号
 通常の短歌の外に、様々な欄がある。覇王樹歌人の歌碑(35)島袋俊一の歌碑(2ページ、モノクロ写真1枚入り)、W・茂子さんの落とし文考(59)、S・素子さんの後水尾院時代の和歌61、共に1ページが息が長い。
 題詠と共に受贈歌誌抄(3誌、5首ずつ)で1ページ、私の選んだ十首で3名1ページ、受贈歌集・歌書紹介を6冊で2ページ等がある。
 総合歌誌に掲載されたK・憲仁さんの7首が転載される。会員の歌集の紹介もされる。
 総じて、内外に手厚い。


 以下に2首を引いて寸評を付す。
 K・啓子さんの「花と旧盆」6首より。
迎え盆八分の道きつくなり今年はとうとう墓まで行けず
 老いの衰えを詠んで正直である。
 M・理加さんの「ひこうき雲」6首より。
目覚めればまた二番目の身体がそこらへんで号泣しており
 「覇王樹」内の前衛派だろうか。1首はシュールである。




 

 今月7日の記事、届いた4冊(4)で報せた本から昨日に続き、関章人さんより受贈した詩集、「在所」を読み了える。

 

詩集2
 リンク記事で、関章人さんの過去の詩集の記録がない、と書いた。県立図書館の蔵書にもなく(県内の詩人は詩集を出版すると、ほとんど必ず寄贈する。この「在所」も蔵書検索に浮かぶ)、第1詩集のようだ。
 年刊アンソロジー「詩集ふくい」への寄稿が先か、同人誌誌「角」への寄稿が先か(代表・金田久璋さんに誘われて)、今はわからない。

 第Ⅰ章は、東北大震災をちょうど3ヶ月後に詠った「白煙がゆれている」から始まり、比較しつつ福井震災を描く「 わが福井震災の記憶と」が続く。福井空襲と原発禍を対比する「いのちの在所」の編もある。

 第Ⅱ章には、言葉を問う「ことばの翳り」、「とどかないことば」がある。
 「耳鳴り」の「透明になった過去と/崩れて行く明日と/幻像は水面に揺らいでいる」とあいまいながら、焼け跡世代の現在の思いを伝える。
 第Ⅲ章の「鯨塚」は、天明4年(1784年)と文政3年(1820年)の史実を物語って、郷土史研究家の面目を見せている。
 「囲い込み幻想」は、国の領海・領空を囲い込み、「ひとり歩きする」コトバで国民を囲い込もうとする、権力に反発する。
 第Ⅳ章では、生活をリアルに切り取って優れる。「廃品回収」の「次には僕が廃品回収やなァ」「いやいや まだまだ使える貴重な資源です」の会話は、庶民の機知と知恵と優しさである。
 第Ⅴ章の3編は古く、ベトナム戦争などを詠っている。

 総じて問題意識に貫かれた詩集である。


 県内の詩人、漢文学研究者の前川幸雄さんが下さった、文学総誌「縄文」第4号をほぼ読み了える。
 受贈は、先の9月29日の記事、入手した5冊(4)で紹介した。2019年8月30日、縄文の会・刊、22ページ。

d・文学総誌「縄文」第4号
 題字が替わり、前川さんの中国留学時代より交流がある、馬歌東氏の作の篆刻である。
 同・第3号の記事が、このブログに見つからないが、同・第2号は昨年4月5日の記事にアップした。



 前川さんの巻頭言「橋本左内と中国の文人たち」は、彼が最近多く研究している県内の漢詩に絡めて、450余首の漢詩を残した橋本左内の中国文献・思想の受容の研究が必要不可欠と説く。

 一般研究では、Y・信保さんの「ナマズの謎を追う(3)」が、「地震とナマズの結びつき」「水神としてのナマズ」「瓢鮎図考」(鮎はアユでなく、鯰のこと)等で、研究を進めている。

 前川さんの2つの講演の記録と、受講生の反応の文章が、B5判2段で5ページに渉る。
 
 Y・絹江さんの7言絶句「懐東篁師弟愛」(東篁の師弟愛を懐う)、「観国宝曜変天目茶盌」(国宝曜変天目茶盌を観る」を載せ、M・善男さんの7言絶句も紹介されている。

 T・義和さん、M・昌人さんの随想が各1ページ、Y・里奈さんの感想文「『田奇詩集』と『赤 私のカラー』の魅力」は、前川さんがかつて邦訳した現代中国詩集を2ページに渉って評した。

 人材、内容、共に力があり、各文にはモノクロ写真を付し、文学総合誌と呼んで良い豊かな雑誌である。




 最近に入手した本、5冊を紹介する。入手した本(ネットプリントを除き)としては、9月18日の記事、入手した4冊(4)に次ぐ。
 前回と同じく、受贈本、定期購読本、Kindle Unlimited本などで、差し当たっての支払いはない。

a・湖と青花
 まず僕が所属する短歌結社「覇王樹」の同人、渡辺茂子さんが、第2歌集「湖と青花」を贈って下さった。
 2019年9月14日、不識書院・刊。覇王樹叢書第219編。

b・覇王樹10月
 所属する結社の歌誌、「覇王樹」2019年10月号が送られて来た。
 同・9月号の感想は、今月22日の記事にアップした。
 結社のホームページ「短歌の会 覇王樹」は早くも10月号の仕様である。
 僕の歌6首・他は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、9月27日の記事以降に順次、少しずつアップするので、横書きながらご覧ください。

c・COCOON Issue13
 季刊同人歌誌「COCOON」Issue13が送られて来た。
 短歌結社「コスモス短歌会」内の、若手歌人を同人とする歌誌である。
 2019年9月15日、COCOONの会・刊。

d・文学総誌「縄文」第4号
 県内にお住いの詩人・文学研究者の前川幸雄さんが、文学総誌「縄文」第4号を贈って下さった。
 昨年4月5日の記事に、同・第2号の感想が載っている。同・第3号も読んだ筈だが、ブログにアップし忘れたらしい。

村杉奈緒子 よみ人知らず
 インディーズ作家・村杉奈緒子の小説「よみ人知らず」Kindle Unlimited版を、Amazonよりタブレットにダウンロードした。
 今年3月6日の記事、同「片恋未満」に続く作品とのことだ。



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 結社歌誌「覇王樹」の同人でもある古城いつもさんが贈ってくださった、季刊文学誌「コールサック」の95号、96号より、古城さんの短歌と詩、他少々を読む。
 受贈は、先の12月27日の記事
「届いた5冊」に報せた。その5冊の内、「富永太郎詩集」はしばらくお蔵入りの予定なので、感想を述べられる4冊は今回で了いとしたい。
95号より。
 圧倒的に詩の掲載が多い。384ページの内、短歌連作は6編、9ページを占めるのみである。
 表紙裏の「詩人のギャラリー」にCG画像と、詩を載せている。CGを扱える彼女だとは知らなかった。
 古城さんは、短歌では「ハロウィン・リース」20首を寄せている。女性の性をテーマとするようだ。しかし「ミスティ・アイ」の語意がわからない。広辞苑にもWikipedeiaにもない。「ミスティック」のネイティブ発音だろうか。
 IT関係、コミック関係の言葉が進み、僕にはわからない語が短歌にも出て来るようだ。辞書にある言葉だけで詩歌を書けとは言わない。先駆けであった、と言われる自信は持ってほしい。
 詩では小詩集「ビジネス・セッティング」の5編を寄せている。母親に愛されなかったという思いがあるのか、生活への異和感があるようだ。
96号より。
 古城さんは、短歌連作「3分セクレタリー」20首を載せている。2018年「覇王樹賞」受賞作である。キーワードの「セクレタリー」がよく判らない。カタカナ語辞典では「秘書、官庁の事務官」等とある。「郵便局職員は3分セクレタリー我の封書を通し微笑む」では、3分間だけの秘書だという比喩だろうか。1語ずつ理解して、連作、歌集を理解しようとする僕が、すでに古いのだろうか。悩ましい事である。

 付け加えるなら、希望にも終末観にも、慎重になってほしい。希望を持つ事は良いが、果されない場合があり、果されるとして1山も2山も越えなければならないのだ。
 終末による救済はない。個人でも、100歳前後まで生きねばならないのだ。


覇王樹11月号

 結社歌誌「覇王樹」2018年11月号を、ほぼ読み了える。
 到着は、先の10月28日の記事、
「覇王樹社より2冊が届く」の初めにアップした。
 そのリンクより、10月号の感想など、過去号へ遡り得る。
概要
 11月1日付け・刊。36ページ。
 10月号の40ページに比べると、やや少ないが、内容は充実している。
 ホームページ
「短歌の会 覇王樹」も、既に11月号仕様となった。
感想
 1名欠ける事のあった「力詠15首」も2名が揃い、「霜月10首詠」4名揃いと共に、晴れ舞台を務めている。9月1日が詠草の締め切りなので、気候が凌ぎやすくなったのだろうか。
 5クラス毎の「9月号作品評」、「私の選んだ9月号10首選」3名も、それぞれ力になる欄である。
 「他誌拝見」が半ページ、3誌のみなのは、誌面の都合だろう。「受贈歌集歌書紹介」は2ページ、6冊に渉っている。
 同人の会外での短歌活動、各地の歌会報告も載せる。
引用
 T・照子さんの力詠15首「あつおすなぁ」より。
アリのごとく働いたはずなのに何故キリギリスなどになったのだろう
 句跨り、字余りをも用いて、箴言のようにゆかない人生を訝しがる。
 「紅玉集」特選のW・富紀子さんの「二人芝居」6首より。
薄暗い小劇場の非常口女がひとり煙草銜える
 今もアングラ劇団のような活動は、あるのだろうか。明日の見えない娘さんの、暗い倦怠が読み取れる。





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