風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

同人

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 最近に郵便等で手許に届いた、5冊を紹介する。
 結社歌誌「覇王樹」の仲間の、古城いつもさん(フルネーム表記は、彼女の了解がある)が、「コールサック」95号、96号を贈ってくださった。詩を中心とし、短詩も掲載する、季刊誌らしい。
 僕が短歌と詩を書いており、彼女も同じなので、誼で贈ってくださったらしい。400ページ前後の大冊で、とても読みきれないので、古城さんの詩と短歌、他少しを読みたい。
 次に載せる結社歌誌「覇王樹」1月号が来る前だったので、彼女の「覇王樹」での「同人」昇格を知らなかった。古城さん、「同人」昇格、おめでとうございます。

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 結社歌誌「覇王樹」2019年1月号が、いつもの月より早く届いた。年末関係で、代表、編集の方々が努めてくださったのだろう。表紙絵も替わった。
 2019年1月1日付け、覇王樹社・刊。
 なお僕の歌6首・他は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、12月27日の記事
「歌誌「覇王樹」1月号より(1)僕の歌(1)」より、しばらく毎日、少しずつアップしてゆくので、横書きながらご覧ください。
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 県内にお住まいの詩人、神子萌夏さんが、新詩集「雪待ちの庭」を贈ってくださった。
 彼女は、僕たちの同人詩誌「群青」(34号で終刊)の仲間だった時期がある。長く透析を受けたが、ご夫君より腎移植をして成功し、活発に活動している。

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 メルカリを通して、「富永太郎詩集」(創元文庫)が届いた。注文した後に推測できたのだが、1951年・刊の本文ヤケのきつい本だった。2,222ポイント(内、メルカリのサービス・500ポイント)も使う必要があったか。
 富永太郎は名前のみ知る詩人で、詩を読んだ事がなかった。
 蔵書に彼の詩がないか、少し調べてみた。新潮社「日本詩人全集(33)昭和詩集(一)」には、6編の詩と略歴が載るのみだ。しかし、筑摩書房「現代日本文学大系 93 現代詩集」には、「富永太郎詩集」があり、文庫本と同じく詩集と習作詩集が載っている。
 結局、文庫本の価値は、翻訳詩集と断簡・書簡抄、中原中也・小林秀雄の短文と大岡昇平の解説のみである。創元選書「富永太郎詩集」が、全集に近いらしい。富永太郎は年譜に依れば、1925年、25歳の夭逝だった。



 


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 今月12日の記事「届いた3冊」で報せた内、清水素子さんの歌集「生の輝き」を読み了える。
 なお前記事で、お名前の漢字を間違えて、失礼致しました。すでに訂正してあります。
概要
 2017年11月、覇王樹社・刊。「覇王樹」代表の佐田毅氏の序文、365首、あとがき、経歴を収める。
 題字も佐田毅氏による。
 「清水素子経歴」に拠ると、1983年、早稲田大学文学部大学院博士課程修了。前年の結婚、1985年の長女出産を経て、1999年、「覇王樹」投稿会員となる。2007年、「覇王樹」同人に昇格。2008年、博士(学術)の学位を取得。
 「覇王樹」誌への投稿・掲載が、生活・研究の安定をもたらしたようだ。
感想
 古典和歌の研究者だが、作歌は新かな・現代文法で、口語短歌の道を歩んだ。
 父の死、東日本大震災を経ながらも、持ち前の向上心と周囲の支えで、研究を続け、仕事を続け、短歌を続けてきたようだ。

 佐保川、東京マラソン(実地見物で)を詠んだ、珍しい歌もある。
引用
 以下に7首を引用する。
やわらかな陽射しをあびる桜道列車から抜け歩みゆきたし(いわきの四季・春)
建立は江戸期以前と聞く寺の人影もなく古刹を保つ(いわき九品寺)
賑やかで人喜ばすこと好きな父の生き方このごろ思う(父の死)
夫は言う小さいことを気にかけず心大きく持てよと我に(夫の言葉)
JR不通の夜に立川で知人が泊めてくれる嬉しさ(東日本大震災)
佐保川は思いがけなく細い川騎馬なら渉って行ける浅さで(佐保川)
がんばれの声と口笛起こるなか走者の視線は遠くを見ている
(東京マラソン)




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