風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

和解

 岩波文庫の一茶「七番日記」(上)(丸山一彦・校注)より、5回めの紹介をする。
 同(4)は、先の9月27日の記事にアップした。



 今回は、文化9年7月~12月、281ページ~327ページの47ページ分を読んだ。ただし前回同様、文化11年・12年の書き込みが4ヶ所にある。
 なお書き残したが当時、一茶は家無し状態だったため、文化8年の末に、総日数384日(閏2月があった)の内、随斎に49宿、松井に183宿、本行寺に7宿、と貴重な記録を残している。文化9年末には、354日、在庵6日、他郷348日と記録している。年尾1080句と記し、多産である。
 この年末より郷里に帰り、文化10年正月、年来の遺産問題の和解成立、田畑、山林、家屋敷の分割を得て、信濃(今の長野県)に腰を据えた。

 以下に5句を引く。
(おい)たりな瓢と我(われ)が影法師
陽炎
(かげろふ)や土の姉さま土僧都
かけ金の真赤に錆
(さび)て寒(さむさ)
(これ)がまあつひの栖(すみか)か雪五尺
水かけて夜にしたりけり釣忍
(つりしのぶ)
瓢箪
写真ACより、「瓢箪」のイラスト1枚。




 森絵都の短編小説集「アーモンド入りチョコレートのワルツ」より、先の1月24日に紹介した「子供は眠る」に続く、2編を読み了える。

 リンクより、関連過去記事へ遡り得る。

 今回読んだのは、「彼女のアリア」と、「アーモンド入りチョコレートのワルツ」である。
 「彼女のアリア」には、J・S・バッハ<ゴルトベルグ変奏曲>より、の副題が付く。
 使われない旧校舎の音楽室でピアノを弾く中三の少女と、同級の男子が出会う物語である。えり子は、「僕」の1ヶ月不眠の悩みを聞いてくれ、自分も不眠症だと慰めてくれ、様々に話し合うようになる。
 boy meets girlの物語である。
 ただし、えり子は虚言症であり、他の男子にも優しいと知り、「僕」は無視するようになる。しかし、卒業式のあと、二人は旧音楽室で和解する。

 「アーモンド入りチョコレートのワルツ」には、エリック・サティ<童話音楽の献立表(メニュー)>より、の副題が付く。
 ピアノ教師の絹子先生、生徒の君絵、奈緒(語り手)の間に、フランスから「サティのおじさん」が現れ、愉快に引っ掻き回して去っていく。「アーモンド入りチョコレートのように生きなさい」がサティのおじさんの教えであった。アーモンド入りチョコレートは僕の好物で、惜しんで食べたものだが、ずいぶん昔である。小説では、数年前、との設定になっている。単行本・発行の1996年の数年前なら、僕の好んだ頃と合っているだろう。


 ワルツは3拍子だから、3編を収めたのだと、途中で気づく僕の迂闊さである。3編とも、美しく終わる。それは別荘での夏の終わり、卒業、帰国など、強制的な終わりのあるストーリーだからでもある。
 夫婦、親子など死ぬまでの関わり、そうでなくとも数十年の職場関係の、悲喜は語られない。後に彼女は、大人の小説を描き、人の一生を感じさせる作品を書くようになる。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


 森絵都の短編小説集「アーモンド入りチョコレートのワルツ」3編より、「子供は眠る」を読み了える。
 購入は、昨年12月10日の記事、届いた3冊を紹介する(7)で報せた。



 また彼女の「風に舞いあがるビニールシート」を取り上げた読書会は、昨年12月11日の記事、和田たんぽぽ読書会(2)にアップした。



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 「アーモンドチョコレート入りのワルツ」は、3曲のクラシック曲より紡がれる、3編の小説を収める。角川文庫、2007年7冊。
 初めの「子供は眠る」に、ロベルト・シューマン<子供の情景>より、の副題が付く。
 章の父の別荘に、章を含め5人のいとこが、夏休みに集まる。章はクラシック曲を好み、毎晩LPレコードを聴かせ、その他の面でも暴君である。他の4人は我慢して、英語発音に堪能なことや、背丈が章を越えたことや、水泳で負けないことを隠す。ひょっとしたことから、それらの偽りがバレる。そして中学生5人は和解する。
 僕「今年のぼくは、卑怯だったよ」。
 章「おれなんか、昔から卑怯だよ」。
 子供の純真さから、少年へ移る悲哀があるようだ。
 しかし、彼女の和解、挫折してもこうあるべきだ、には理想主義の匂いがする。


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