風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

岩波文庫

 岩波文庫の一茶「七番日記」(下)より、3回めの紹介をする。
 同(2)は、今月7日の記事にアップした。




 今回は、文化12年正月~6月の半年分、111ページ~151ページ、41ページを読んだ。
 北信濃の宗匠として活躍し、自然豊かで、蛙、燕、雲雀、キリギリス、蟬、梟、雀、猫などの小動物も吟じられている。
 暗喩、フィクションなどの句もあるが、これはないでしょうという現実離れした句もある。
 諧謔ではなく、正統的に吟じられた清しい句もある。
 131ページ頭記には3春(正月~3月)46日在庵、151ページ頭記には3夏(4月~6月)25日在庵、(半年で)在庵71日と記され、変わらず出張指導に忙しかった事が知られる。
 また3夏236句と記され、変わらず健吟であった。


 以下に5句を引く。
膳先
(ぜんさき)へ月のさしけり梅の花
野ばくちが打
(うつ)(散)らかりて鳴(なく)雲雀
門先
(かどさき)や汁の実畠拵(こしら)へる
白雨
(ゆふだち)がせんだくしたる古屋(ふるや)
我菴
(いほ)や小川をかりて冷(ひや)し瓜
ツバメ
写真ACより、「ツバメ」のイラスト1枚。





 岩波文庫の一茶「七番日記」(下)より、2回めの紹介をする。
 同(1)は、先の10月29日の記事にアップした。


 

 今回は、文化11年7月~12月、63ページ~109ページ、47ページを読んだ。ただし文化12年7月分の書き込み、22句が12月分の後に入れられている。

 田畑を持った故だろう、畠の句や案山子を吟じた連作がある。有力者・素封家の招きが多かったか、河豚を食べる句も多い。
 年尾976句と記され多産である。凡354日、在庵77日とも記され、多忙だった事が知られる。

 以下に5句を引く。
痩畠
(やせはた)もそれ相応に秋の露
膝節
(ひざぶし)の古びも行(ゆく)か秋の風
(あり)たけの力出してや秋の蟬
浄ルリの兵
(つはもの)どもや鰒汁(ふくとじる)
我程は寒さまけせぬ菜畠(なばた)
案山子
写真ACより、「カカシ」のイラスト1枚。



 岩波文庫の一茶「七番日記」(下)より、1回めの紹介をする。
 先行する同(上)を読む(7)は、今月10日の記事にアップした。




一茶「七番日記」(下)
  上巻と同じく、2003年・刊、本文ヤケがある。
 今回は前回に続いて、文化11年正月~6月の半年分、11ページ~62ページ、52ページを読んだ。
 前年正月に、遺産分配が成立して、一茶は田畑、山林、屋敷を得た。畠打ち、菜の花、苗代などを吟じた句が現れる。
 同年4月、一茶は52歳にして28歳の妻、(常田)菊を迎えた。当時の女性としては、晩婚だっただろう。菊は働き者で、指導で外泊の多い留守を守り、家事、畑仕事までこなしたという。一茶の俳句には、すぐには現れない。

 以下に5句を引く。
雪とけて村一ぱいの子ども哉
門番が小菜もぱつぱと咲
(さき)にけり
ちる花に鉢をさし出ス羅漢哉
来よ蛍一本草も夜の露
しんぼしたどてらの綿よ隙
(ひま)やるぞ




 岩波文庫の一茶「七番日記」(上)より、7回め、しまいの紹介をする。
 同(6)は、今月11日の記事にアップした。




 今回は、文化10年7月~12月(閏11月あり)、387ページ~439ページ、53ページを読んだ。
 年末に、383日・在庵75日、年尾・1123句、と記した。
 定住した北信濃は住み心地が良かったらしく、夏の涼むともなく、山霧の抜ける座敷、冬の炭火などを吟じている。
 51歳での独身を嘆くが、翌年、文化11年には52歳で初めて妻を迎えた。
 以下に5句を引く。
(すずみ)をばし(知)らで仕廻(しまひ)しことし哉
膳先
(ぜんさき)は葎雫(むぐらしづく)や野分吹(ふく)
汁鍋にむしり込(こん)だり菊の花
福豆も福茶も只の一人哉
(ゆく)としや何をいぢむぢ夕千鳥
コチドリ
写真ACより、「コチドリ」の写真1枚。




 岩波文庫の一茶「七番日記」(上)より、6回めの紹介をする。
 同(5)は、今月5日の記事にアップした。




 今回は、文化10年正月~6月まで、320ページ~386ページ、67ページを読んだ。
 この正月、継母弟との遺産分割の和解成立、田畑・山林・家屋敷を得て、北信に定住した。その安住を窺わせる句がある。これまでにも、帰郷の折に巡回し、門人を得ており、江戸仕込みの宗匠として活躍できた。門人には有力者や素封家が多く、生活できた。
 岩波文庫では、見開き2ページの左端に語注欄があり、読み進めやすい。

 以下に5句を引く。
かすむ日や飴屋がうらのばせを
(芭蕉)
(わが)蒔いた種をやれやれけさの露
笠き
(着)るや桜さく日を吉日(きちにち)
赤犬の欠
(あくび)の先やかきつばた
青空はいく日ぶりぞ蟬の鳴
(なく)

ヒグラシ
写真ACより、「ヒグラシ」の写真1枚。


 岩波文庫のリルケ「ドゥイノの悲歌」を読み了える。
 購入は、先の9月30日の記事、岩波文庫2冊を買う、に報せた。



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 手塚富雄・訳注・解説。233ページ。訳詩は86ページまでで、それ以降は訳注と解説に当てられている。もっとも、そう多くは参照しなかった。

 僕は「ドゥイノの悲歌」を、ほぼ理解したように思う。ただし訳詩の範囲で、である。
 弥生書房の7冊本・全集でも、他の本でも解らなかった。翻訳は替わっていない。文庫本の余裕ある編集と、僕の境涯が変わった、2つのせいだろう。僕は7年前に再任用職を退職し、ネットと読書と創作の日々を送っている。
 現職のあくせくとしていた頃は、この思索と詩作の詩人が解らなかった。日本の戦後詩人の多くは、サラリーマン生活を送るか、翻訳などの副業で、収入を得ていた。

 霊感の嵐によって、「ドゥイノの悲歌」と「オルフォイスに寄せるソネット」が、数日の間に完成されたという伝説(書簡によると本当らしい)に恐れをなさなければ、この詩集は難解ではない。
 冒頭の天使と美の同一視は、対象とその放つもの、と理解すれば良い。第十の悲歌に2度表れる「原苦」の語も、小池光・歌集「バルサの翼」の「生きて負ふ苦」や、「世界苦」という思想語に慣れていれば、感受できるだろう。



 岩波文庫の一茶「七番日記」(上)(丸山一彦・校注)より、5回めの紹介をする。
 同(4)は、先の9月27日の記事にアップした。



 今回は、文化9年7月~12月、281ページ~327ページの47ページ分を読んだ。ただし前回同様、文化11年・12年の書き込みが4ヶ所にある。
 なお書き残したが当時、一茶は家無し状態だったため、文化8年の末に、総日数384日(閏2月があった)の内、随斎に49宿、松井に183宿、本行寺に7宿、と貴重な記録を残している。文化9年末には、354日、在庵6日、他郷348日と記録している。年尾1080句と記し、多産である。
 この年末より郷里に帰り、文化10年正月、年来の遺産問題の和解成立、田畑、山林、家屋敷の分割を得て、信濃(今の長野県)に腰を据えた。

 以下に5句を引く。
(おい)たりな瓢と我(われ)が影法師
陽炎
(かげろふ)や土の姉さま土僧都
かけ金の真赤に錆
(さび)て寒(さむさ)
(これ)がまあつひの栖(すみか)か雪五尺
水かけて夜にしたりけり釣忍
(つりしのぶ)
瓢箪
写真ACより、「瓢箪」のイラスト1枚。




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