風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

心境

 県内にお住いの詩人・作家・評論家である定道明(さだ・みちあき、1940年・生)さんが、短編小説集「ささ鰈」を贈ってくださった。
 定道明さんの本では、2018年2月13日に、短編小説集「外出」を記事アップした。リンクより、過去記事へ遡れる。


 定さんは、略歴だけでも、4冊の詩集、7冊の小説、4冊の評論集(中野重治論)を、刊行している。Wikipediaの「中野重治」の項に、研究者として、名前と著作が載っている。

ささ鰈
 「ささ鰈」(2020年6月1日・付け、編集工房ノア・刊、242ページ)は、10編の短編小説を収める。心境小説に近く、初めエッセイ集かと思ったが、緒編の「犀星道」の主人公が「彼」であり、小説集と気づいた。僕のKindle本・短編小説「底流」の主人公も「彼」であり、名前を明かさない。
 定道明さんも傘寿近くなり、老いの心境、気にかかる思い出を、小説の形で残しておきたい、と思ったのかも知れない。


 福井県俳句作家協会・編の「年刊句集 福井県 第58集」より、4回めの紹介をする。
 同(3)は、今月2日の記事にアップした。リンクより、関連過去記事へ遡れる。




 今回は、前回の続き76ページより、福井地区(福井市、吉田郡)の仕舞い102ページまで、27ページ、53名の530句を読んだことになる。
 世の高齢化、俳壇の高齢化に連れて、老いの心境、家族を見守る眼差し、畑仕事などに心が向かう。また比較的若いらしい世代の句もあり、視点に洒落っ気がある。
 俳歌は大衆詩、機会詩であり、高い芸術性を求めるなら、束縛のない詩へ向かえば良いと僕は考える。定型、調べ、季語などの束縛の中に、味わい深い作品も生まれるだろう。

 以下に5句を引く。
卆業のなき俳道に生かされて(K・せつ)
ふたりの夏立ち位置少し変えてみる(G・久美子)
健やかに老いる贅沢柿若葉(H・純江)
雛の間に主役静かに眠りをり(O・友江)
今日捥ぐか明日にしようか初胡瓜(W・絹代)
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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。



 総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2020年4月号を、作品中心に読み了える。
 入手は今月19日の記事、届いた3冊を紹介する(8)にアップした。リンクより、3月号の感想へ遡れる。



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 巻頭作品20首では、外塚喬「絵地図をひらく」が老いの心境を展いて渋い。吉川宏志「うしろむく人」の掉尾「道すべて封鎖されたる武漢にも梅咲きをらむ映されざりき」が、新型コロナウイルスを描いて新しいが、梅の花にずれて行かない方が良いと思う。
 「平成に逝きし歌びとたち(4)大西民子」は、大写しの写真1枚と、沢口芙美の6ページに渉る紹介、30首選を挙げ、感銘深かった。僕は生前版の全歌集を読み、そのあとの2、3冊の歌集も読んだ。僕の短歌の詠み初めの頃のことである。没後の新しい全歌集を読む気はない。
 特集「どうする?歌の表記」では、僕は新かな、口語の歌に進んでおり、ひらがな表記、特殊なルビへの関心も薄い。
 篠弘の評論「戦争と歌人たち」も70回で最終回を迎えた。労作である。将来へ向けた反戦論が必要だろう。
 特別作品30首の島崎榮一「秩父困民党」は今更のテーマと思う。僕が待っているのは、このような主題ではない。
 作品7首に、竹村公作「イスカンダルへ」など、秀作がある。



 今月18日の記事、入手した4冊(4)で紹介した内、大野英子・歌集「甘籃の扉(かんらんのと)」を読み了える。
2・歌集・甘藍の扉
 2019年9月5日、柊書房・刊。歌数・不明。著者(歌誌「コスモス」選者、他)の第1歌集。著者・あとがきを付す。
 独身のまま、百貨店の仕事に勤しみ、離れ住む両親の世話と、見送りをした生活を、情感を保って歌う事で、救われたようだ。
 父母なく、夫子なく、ただ一人の兄は遠く離れ住み(兄夫婦にも子供がいない)、孤独な生活に入るが、鍛えられた心境は平静なようだ。


 以下に7首を引く。
秋空のたかみに白き尾を引きてゆく旅客機は真昼の彗星
不条理にあれど素早く謝りぬおきやくさまだいいち主義なれば
秋の夜長を楽しみに買ふ椅子ふたつ星見る椅子と読書する椅子
満開に桜咲くあさちちのみの父のたましひは父を去りたり
寝たきりの父が震へる手で書きし「コレガ人生ナラツマラナイ」
幾たびも死に瀕(ひん)したるははそはは大潮に曳かれ逝つてしまへり
来るところまで来たわたし がらんどうの家とこころを残されひとり


同人詩誌「角」第48号
 若狭地方を主として、県内、県外の詩人を同人とする詩誌、「角」第48号を、ほぼ読み了える。
 到着は、今月6日の記事
「入手した2冊(4)」で報せた。発行日次、判型などについて書いたので、ご参照ください。
 また
同・第47号の感想は、昨年9月26日の記事にアップした。
概要と感想
 15名15編の詩、7名7編の散文を収める。
 巻頭、H・信和さんの「どんな空も 他」は、同時に創作している、俳句に余った作品だろうか。「2 つゆ草」の「グレーチングの隙間からでも/空は見える」は不運である。
 M・りょうこさんの「カラス」、Y・万喜さんの「小さな境涯」、共にリアリズムに似せながら、虚構が混じる。
 K・久璋さんの「鯉」に、「一日を生きるための/わずかな飢えを満たす/我欲我執が救いとなりますように」と書く。我欲我執が生きるわずかな支えとなる事は認めるけれども、因業を作品に吐き尽くして、欲のない心境で逝きたいと思う。
 N・としこさんの「つゆくさ」は、露草を「ととめ(魚の目)の花」と呼んでいる。<父さんが/よく これを切って/としこに 持たせていた>と、彼女自身には記憶がないかも知れないエピソードを描く。幼い時に、戦死した父を、70余年も偲び続けている。
 詩誌に散文が重きを置くのは、如何なものか。散文の方が、書きやすい時代だろうか。


 

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