風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
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 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

思潮社

 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、「第Ⅳ部 初期詩編」の「Ⅹ 詩稿Ⅹ(1948)」の(2)残り63編の詩編より紹介する。6回目の紹介である。
 
5回目の紹介は、今月4日の記事にアップした。
概要
 前回は、104編ある「詩稿Ⅹ」のうち、初めの「挽歌」より41編目の「打鐘の時」までを読んだ。今回は42編目の「芥河」からしまいの「(とほい昔のひとが住んでゐる)」に至る63編を読み了える。
 1948年の詩作の、現在発見されている詩稿のすべてと思われる。「詩稿Ⅴ」~「詩稿Ⅸ」は発見されていない。
感想
 変わらず旧仮名遣い(1部誤まっている)であり、定型調の短詩が散見される。
 ハイトーンに「訣別」のテーマが詠われる。「回帰の幻想」の「立ち訣れた心理のイメージの中に/…」、「青桐」の「時がふたりを訣れさせる/…」、「荒天」の「訣れ路をひとがとほる/…」、「告訣」、と止めどがない。
 「雪崩」の末連「すなはち女性からは絶望を宣告され/高邁なヒユマニズムの医師からは/ありつたけの力で逃げてきた/ひん死の病者こそわたしだから」と自分を見詰め、掉尾の「(とほい昔のひとが住んでゐた)」の終行で「おゝこれからはどうしよう!」と嘆いている。
 しかし「少年期」の末2行「もうすべてが視えなくなつたかはりに/すべてがみえるようになったから」と不可視の関係が視えるようになった彼は、「祈り」の第2連「おお/貧しいものたち/おまへの願ひは決してきかれない/鋭敏な革命家によつても/神によつても」と、庶民からの思想に出立するようである。
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写真ACより、「おもてなし」のイラスト1枚。


 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、「第Ⅳ部 初期詩編」の「Ⅸ 白日の旅から (1947)」3編と、「Ⅹ 詩稿Ⅹ (1948)」より1回目を、紹介する。
 
前回は、昨年12月2日の記事にアップした。5回目の紹介である。
Ⅸ 白日の旅から (1947)
 3編の詩のみより成る。「定本詩集」編に収められた長詩「(海の風に)」と同じ日記帳断片に、ばらばらに収められていたという。
 「(にぶい陽の耀きが洩れて)」は、題名がなく、初行を題名としたのだろうか。「草葉のやうになげき/鳥たちのやうにうたふ/だが異様につらいうたを」とあり、のびやかな口調で苛酷な心を謳う素地はあった。
Ⅹ 詩稿Ⅹ (1948)
 雑記帳に書かれた104編より、あまりに編数が多いので、今回は初めの「挽歌」より「打鐘の時」に至る41編を読み了える。彼は22歳くらいと若く、嘆き(姉を亡くした嘆きとされる)も、怒りも、僕には遠い。
 「打鐘の時」では、「瞋怒は過去に投げられ/…/影ははるばる過去を投げて」と謳われる。今の僕には、成されないであろう事に由って未来に瞋恚を持ち、過去はささやかながら愛しむものである。
 彼の老年の思いが、後期の詩篇より読み取れるか、今はわからない。
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写真ACより、「おもてなし」のイラスト1枚。


 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、初期詩編の4回目の紹介をする。
 
同・3回目は、先の11月16日の記事にアップした。
 今回に紹介するのは、「第Ⅳ部 初期詩編」より、「Ⅶ 詩稿Ⅳ(1946)」24編と、「Ⅷ かなしきいこひに(1947)」21編である。
詩稿Ⅳ(1946)
 1946年の詩作の内、「時禱」詩編に収められた少数を除き、すべてが収められていると、目次を追ってわかる。
 「童子像」(同名2作目の、フランス語の副題のある方)では、「(血まみれたみちをゆくがよい/童子よ/うまれたときからの執着の匂ひをさけてはいけない/あの風のこころとおまへのこころとどこに関りあらう」と、人の欲望を肯定するかのようだ。同じ詩に「童子のまへには無限の砂礫があるのみ/もろもろの門は架空のおきてのみ/…/或日/童子は天の眷属/あの強じんな風に訣れた」と結んで、天の無垢と別れ、もろもろの門(イデオロギー、宗派)とも別れ、地の砂礫を走る事を決意するのだ。
 「幼年」の1行では、「さあれ幼き日のおまへの生きた如くいまもナルチスムスの飢えを充さねばならぬ」と書いて、後に明らかとなる強いナルシシズムの現われを見せる。
かなしきいこひに(1947)

 1947年の詩作の内、「時禱」詩編、このあとの「Ⅸ 白日の旅から」に収めた3編、を除くすべてである。
 冒頭の「かなしきいこひに」は、幼い者たちに寄せて懐旧しながら、「わたしはたすかるだらうか/これからはたったひとり/兎小屋の兎をみたりして/おたまじゃくしの尾をみたりして/またひとりでゆけるだらうか」と生の危機感を描き、立原道造の詩の影響も感じさせる。
 「秋」は57調の7行の詩で、新体詩を思わせ、古い詩型への思いが残っていた事を示す。
 集の末尾の「黄昏に」を、「黄昏/わたしにはあらゆることが見えている/わたしはうす雲の反映に/もうすべてを忘れることができる/わたしはあぶなくはなく独りでゐる」と締めて、戦前への決別と、生の自信をうたっている。
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写真ACの「童話キャラクター」より、「白雪姫」のイラスト1枚。


 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、初期詩編の3回目の紹介をする。
 
同・2回目は、今月1日の記事にアップした。
概要
 戦後の初めの詩、「Ⅴ 「時禱」詩編 (1946~1947)」11編と、「Ⅵ (1946~1950)」8編である。
Ⅴ 「時禱」詩編
 「時禱」詩編の初め、「習作四(宝塔)」では、「一木を重ねまた一木を重ねなほ苦しい忍耐のあと//この巨大な虚無は組立てられたでせう」と、戦後へ踏み出す思いを述べる。「習作五」「習作七」と続くが、欠落している番号の詩は、散逸したのだろうか。
 「習作廿四(米沢市)」は散文詩であり、戦前にもわずかにあったが、1952年の「固有時のとの対話」に至る散文詩の始まりだったろうか。
 「習作四十三(愛歓)」では、「お前を捉へイタリアン・ロンド風の/古風な踊りをしたいのだけれど/そんなにもわたしが嫌ひなのか/それとも斯うして/追ひ追はれてゐることが/意味ある愛歓の舞踏だといふのか」と結んで、恋の駆け引きを否定する。


 「Ⅵ (1946~1950)」は8編だけれど、この時期には他に多数の詩が書かれ、まとめられている。まとめに入らなかった作品を集めたのだろう。75調や外国の詩に学んだ作の最後に、散文詩「影の別離の歌」が置かれる。重要な所で、散文詩が現われる。想いが強過ぎて、行分け詩では砕けてしまう所を、散文の形で緩め、意味を強くして、耐えさせているのだろう。
 次は「Ⅶ 詩稿Ⅳ (1946)」と「Ⅷ かなしきいこひに (1947)」を、紹介したい。
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写真ACの「童話キャラクター」の「桃太郎」より、猿のイラスト1枚。




 

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 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、初期詩編の2回目の紹介をする。
 
同・1回目は、先の10月22日の記事にアップした。
 なお上の写真は前回と違って、2重箱の外箱である。右上角に傷みがある。
概要
 
初期詩編Ⅲ(1944年の作品)19編と、Ⅳ(1945年の敗戦前の作品)2編を取り上げる。以降は戦後の詩となる。
感想
 初期詩編Ⅲは、「草莽」と題される。
 「原子番号0番」では、「私のやうな青くさい年齢になると/何をやつても救はれないやうな/どん底の意識を感じるのです」と、戦時下の本音を述べているようだ。
 「原子番号三番」では、「風は透明次元からの借りもので/…/唯光度と四辺の新鮮度が/大きな問題となつて現はれるやうです」と、戦後の彼の詩法を明かしているようだ。
 宮沢賢治の影響がある詩は、山形県の米沢高等工業高校に在籍していた、東北性があるかも知れない。
 「雲と風と鳶」では、「もう明日からはしづかな沈黙をまもつて/小さな自意識をかみしめませう」と、慎ましい孤独感を述べる。
 「草ふかき祈り」のような、戦争詩もある。
 初期詩編Ⅳは、「哀しき人々」と題される。
 「雲と花との告別」では、「おれたちは結局すべてのものの幸のために生命を捨てるのだ」と、戦時思想の極を述べている。

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