風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

思潮社

 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より、「未刊詩篇」と初期「絵の宿題以前」を読み了える。
 今月11日の記事、
同「約束したひと」を読む、に次ぐ。これでこの詩集を読み了えた事になる。
概要
 未刊詩篇は44編、戦前の初期詩篇「絵の宿題以前」4編を読んだ。
 これらの詩編は、後の土曜美術社出版販売「関根弘詩集」(日本現代詩文庫27)に納められていず、思いきった載せ方である。
感想
 読み了えて、僕は茫然とする。付箋紙を貼ったのは、2ヶ所のみ。「いいか信用するか」の後半「あることないこと信じるは/この世の中で詩人だけ」に付箋して「辛辣である」とメモがある。
 「誕生」の末尾の「母さん/ぼく/星までいかないうちに/悪いロケットのように/燃えつきてしまっても/お願い/悲しまないで……」に付箋して、「悲しい燃え尽き症候群を指すか」とメモがある。
 犯罪者をことさら取り上げた数編があり、追い詰められていたのか。
 感情の海にイデオロギーや芸術論の土砂を埋め立てたような、荒漠としたものを感じる。「批評しよう」と心構えて読む僕にも、いけない面はあるのだろうが。
 戦前の初期作品が重厚であるだけに、いっそう感じられる。
0-04
写真ACより、「キッチングッズ」のイラスト1枚。



 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より、当時・既刊のしまいの詩集「約束したひと」を読み了える。
 先の1月22日の記事、
同「イカとハンカチ」を読む、に次ぐ。
概要
 原著は、1963年(日本共産党・除名後)、思潮社・刊。このコレクション詩集には、年譜がなく、Wikipediaにも載っていない。
 後に買った土曜美術社出版販売・日本現代詩文庫「関根弘詩集」の年譜と、三省堂「現代詩大事典」(2008年・刊)の書誌には、詩集「約束したひと」が載っている。
感想
 冒頭の「寓話」は、4編の昔話のパロディである。童話類のパロディでは、複雑苛烈な現代は解明できないように思える。
 「ケッコン行進曲」では、「カキクケッコン/サシスセンソウ」のフレーズが繰り返されるが、スローガンでもなくユーモアもない。
 「コンサート」の1節「寝床の中で/雨をきいている幸福もある」には、読書とネットに籠もりがちな僕は、同感する。
 「部屋を出てゆく」の、「大型トラックを頼んでも/運べない思い出を/いっぱい残してゆくからだ」には、引っ越しの悲しみが、よく表わされている。
 掉尾の「約束したひと」は、待てども現れない革命への未練だろうか。
0-02
写真ACより、「キッチングッズ」のイラスト1枚。




 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より、第4詩集「イカとハンカチ」を読み了える。
 昨年12月19日の記事
「関根弘詩集」の詩集「死んだ鼠」より…に次ぐ。リンクより過去記事へ遡り得る。
概要
 三省堂「現代詩大事典」(2008年・刊)にもウィキペディアにも、彼の欄に詩集「イカとハンカチ」はない。
 1958年・刊の真鍋博との共著「棗を喰った話」があり、同題の詩が「イカとハンカチ」にあるので、あるいは「棗を喰った話」の、自分が執筆した部分のみを収めて、詩集と称しているのかも知れない。

感想
 共産党員だったせいか、アヴァンギャルドを目指したせいか、表現が晦渋であり、初めの「過失の谷」、「変なやつ」が、何を意味するか、わからない。心理は微かにわかるようだが。
 「丸の内一丁目一番地」は、OLの危機感を描く。嫁ぐ未来だけでなく、「このままでは/いけないきがする」と、内なる目覚めである。
 「僕の基地」では、「不毛 飢餓/それが君の理性の王国だった」と書く。敗戦直後の焼け跡から出発したので、復興しつつある時代では、憤懣があるようだ。
 表題作「イカとハンカチ」は、何でも不条理と実存に結び付ける、当時の詩人を風刺するようだ。
 「ノコギリで ―原水協募金帳のために—」という作品もある。60年安保を契機として、彼は日本共産党と違う行動をし、除名された。その後はさらに活躍している。
0-43
写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



 今月12日の記事の通り、思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より詩集「絵の宿題」を読み了えたので、次の詩集「死んだ鼠」に読み入り、全5章の内、第3章までを読み了えた。

概要
 詩集「死んだ鼠」の原著は、1957年、飯塚書店・刊。
 全5章に分かれ、第1章「死んだネズミ」4編、第2章「娘の手紙」8編、第3章「城」5編まで読み進む。
 関根弘(せきね・ひろし、1920年~1994年)は、詩だけでなく、小説、ルポルタージュ、評論などで活躍した。
感想
 第1章「死んだネズミ」より。
 詩集表題作「死んだネズミ」では「死んだネズミは/目をさまさない/それでも/ネズミはネズミ」と書く。この本の「あとがき」で、、わたしの詩は死の感情ばかりをとりあげてきた、と書くから、ネズミは彼自身の比喩か、「一つの社会の死」を指すか。
 第2章「娘の手紙」より。
 「星のテープ」では、「フミコはひとに憎まれず/一人の亭主を憎んでいる。/俺はいろいろな奴を憎み/いろいろな奴から憎まれている。」と、庶民夫婦の愛憎を描く。
 「娘の手紙」では、「恋人は娘に詩を捧げた/しかしそれがなんになろう」と、詩人の無力と、詩人の恋人の不幸を描くようだ。
 「カラスは白い」では、「政府はカラスを黒にもどしたが/いったん白くなったカラスはもとにもどらぬ/白いカラスがとんでいるのを僕は見た」と、戦時中の洗脳の怖さだろうか。
 第3章「城」より。

 5節から成る「城」は、廃墟の鉄屑→屑鉄拾い→製鉄会社、と関心が移ったか、製鉄会社の事務、溶鉱炉の現場などを描く。見物の社長や銀行頭取を取り上げる所が、社会派の彼らしい。
0-26
写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)の詩集「絵の宿題」より、2番目の章「実験」を読み了える。この詩集は4章に分かれているが、数字は冠していない。
 初めの章
「沙漠の木」は、先の11月23日の記事にアップした。
概要
 関根弘、「絵の宿題」については、わずかだがリンク記事で書いたので、参照されたい。
 この「関根弘詩集」には、第4詩集「約束したひと」まで(と膨大な「未刊詩篇」)が収められているに過ぎず、三省堂「現代詩大事典」(2008年・刊)に拠ると、あと5詩集がある。
感想
 「実験」の章には、10編の詩を収める。中でも「なんでも一番」が(初期の?)代表作のように、詩の手引き書に引かれる。僕も三一書房の高校生新書「現代の詩 新しい詩への招待」(小海永二・著、1965年・刊)で、高校生の時に読んだ。「…アメリカはなんでも一番/霧もロンドンより深い…紐育では/霧を/シャベルで/運んでいる!」と結ばれる。シャベルとはショベルカーの事だと思うが、あり得ない事である(詩では許される)。しかしここには、産業への憎悪はなく、非理的な機智による、トボケたユーモアがあるのみだ。まだ「荒地」の詩が、社会と自己に批判的だった。
 「犬」では、「…それから犬が僕をくわえて走っていた。…僕は声をだした。犬の鳴声だった。…そこには僕の仲間がいる。おそかれ早かれ犬になることをしらないで。…」と述べられる。仕事は厳しく、生活は貧しく、人間的に生きられない人々を描く。彼は仕事・著作でその域を脱したとしても、代弁者として思いを紡いでいる。
0-18
写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。




CIMG9603
 かつて「吉本隆明全詩集」(思潮社)を読み通そうとしたが、今年6月13日の記事以来、読んでいない。
 それで本棚より、「関根弘詩集」(思潮社、1968年・刊)を取り出して来た。後期の作品をちら読みすると、読み通す自信はない。
 なお表紙写真は、トリミングの合うサイズがなかったので(有料ソフトを使っていない)、トリミングしていない。
概要
 詩集「絵の宿題」は1953年、建民社・刊。
 関根弘(せきね・ひろし、1920年~1994年)は、戦後、詩誌「列島」の中心となり、リアリズムとアヴァンギャルドの統一を目指した、とされる。13歳より働き続け、左傾(1時、日本共産党に入党)した。
感想
 詩集「絵の宿題」は大部に見えるので、4章より初めの「沙漠の木」14編のみを読み了える。
 「沙漠の木」では、「製鉄所のそこには/いつも僕を抜けでた僕がいる」と、本当の自分を偽って働く苦しみをうたう。
 「樹」では空襲を受ける樹や人や自分を印象的に描き、今でも「突然樹が叫びだすように思えてならない」と記憶の傷を定着する。
 戦後の荒野的風景を多く描いて、戦後を書き留めると共に、人心の荒廃をも書き留めている。



 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、「第Ⅳ部 初期詩篇」の「日時計篇 Ⅰ (1950)」の4回目の紹介をする。このブログ上で、11回目の紹介である。
 
同・(3)は、先の4月1日の記事にアップした。
概要
 今回は、1043ページ「<午後>」より、1072ページ「<わたしたちが葬ふときの歌>」に至る、24編を読み了えた。
 「日時計篇 Ⅰ」は、22編を残す。解題に拠れば、「日時計篇 Ⅰ (1950)」は、1950年8月頃から、1950年12月22日まで、148編が手製原稿に書かれた。「日時計篇 Ⅱ (1951)」が、1月3日より始まっており、年末・年始の休みが入る事がおかしい。
感想
 1950年といえば、僕の生まれた年である。吉本隆明は1924年生まれ、26歳頃の作品としても、昔の作である。それで古いか、新しいかは、別である。
 「<鎮魂歌>Ⅱ」では、末連2行「愛する者はすべて眠つてしまひ 憎しみはいつまでも覚醒してゐる/わたしはただその覚醒に形態を与へようと願ふのみだ」と、憎悪の哲学を閃かせている。
 旧かな遣いは、1種の異化で、詩編はフィクションになる。新かな遣いに直すと、然程でもない詩行もある。
 吉本隆明の思想も、社会主義、実存主義、構造主義と、流行を追うように移り、晩年は宗教論に至ってしまった。彼には必然性があったのだろうが、読者は納得していないのではないか。
0-31
写真ACより、「ファンタジー」のイラスト1枚。




↑このページのトップヘ