風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

戦後

 沖積舎「梅崎春生全集」第4巻(1984年・刊)より、5回めの紹介をする。
 同(4)は、今月2日の記事にアップした。


 今回は、「熊本牧師」「飯塚酒場」「弁慶老人」「西村少年」の4短編小説、255ページ~279ページ、25ページを読んだ。
 「熊本牧師」は日曜学校への登校を、「西村少年」は同級生の恋への嫉妬を描いて、時代を戦前の小学生時代に採っている。
 「飯塚酒場」も、戦中の1943年初め頃の人気酒場で、早く1回分を飲み干して行列の後ろに付く、競争を題材とした。
 「弁慶老人」は、学生やプロの押し売りを撃退する事を楽しみとする、画家・早良十一郎とその隣人・大河内弁慶・老人が、地境の四ツ目垣の根元に植えるもので、諍う話である。
 少年時代、戦中、戦後の些細な事を取り上げながら、宗教や社会への怒りを含めているようだ。
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写真ACより、「秋の人物コレクション」の1枚。



 文庫本棚より抜き出して、色川武大の連作小説集「怪しい来客簿」を読み了える。
 彼の小説として、2019年9月3日の記事、「あちゃらかぱいッ」以来である。



 色川武大(いろかわ・たけひろ、1929年~1989年)は、プロ賭博師、雑誌編集者を経て、作家となり、阿佐田哲也・名で麻雀小説なども書いた。
 コアなファンがあり、没後、福武書店より、全16巻の全集が刊行された。

怪しい来客簿
  「怪しい来客簿」は、文春文庫、1989年・刊。17編を収める。長く蔵していたので、一茶「七番日記」(上)と同じく、本文ヤケしている。
 戦中から活躍し戦後に没落した知人、芸人、スポーツ選手などを描いている。
 相撲力士の出羽ヶ嶽文治郎、プロ野球の木暮外野手など、幸せと言える晩年を送った人物に救われる。
 多く没落して亡くなり、知人など、亡霊として現れたりする。
 仕舞いの「たすけておくれ」では、自身の胆石手術(こじれて危篤に陥った)をも、戯画化してユーモラスに描く。まるで亡くなった人たちの、仲間のように。


 角川ソフィア文庫「西東三鬼全句集」より、第4句集「今日」を読み了える。
 第3句集「夜の桃」は、今月20日の記事にアップした。



 「今日」は、1952年、天狼俳句会・刊。平畑静塔・序(文庫には不掲載)、著者・後記と共に収める。
 当時、関西に居を転々とした。「天狼」同人の平畑静塔、秋元不死男、橋本多佳子、高屋窓秋、他に沢木欣一、角川源義ら、俳人との交流は広く深かったようである。
 1948年以降、戦後の荒廃を残しつつ、1951年まで復興に向かう日本の景と情が吟じられる。家庭では、妻と別居、後の妻、愛人と、家庭的ではなかったようである(小林恭二・解説より)。芸術的前衛かつ政治的前衛たらんとすると、家庭が壊れるというのは、歌人の岡井隆と同じであると思う。

 以下に5句を引く。
春山を削りトロッコもて搬ぶ
麦熟れてあたたかき闇充満す
孤児孤老手を打ち遊ぶ柿の種
冬雲と電柱の他なきも罰
歩く蟻飛ぶ蟻われは食事待つ
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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。


 2002年、砂子屋書房・刊の「葛原妙子全歌集」より、第6歌集、「葡萄木立」を読み了える。
 第5歌集「原牛」の感想は、先の3月15日の記事にアップした。



 原著は、1963年、白玉書房・刊。557首、著者・後記を収める。
 日中戦争が1937年に始まり、1939年に32歳で太田水穂「潮音」に入った葛原妙子にとり、戦後の富裕な生活の中で、平和に違和感を持っていたのだろう。先の「原牛」にも「異変に飢うる」の言葉がある。
 前衛短歌運動が、様々な手法的財産を遺しつつ、平和な時代に咲いた徒花のように思える。俵万智「サラダ記念日」に依って、戦後短歌より、現代短歌へ舵を切ったと、俵万智・以降に短歌を始めた僕は感じる。
 幻想、妄想の中に、罪の意識が垣間見えたりする。有名な「晩夏光おとろへし夕」の歌も、大胆な字足らずだけれども、厨歌である。中句欠の歌も、また詠まれている。60年安保に関わるらしい歌が、わずかにある。
 リアルな日常詠に好感を持つだけに、前衛短歌の奇異に走ったのは惜しい。


 以下に7首を引く。正字を新字に替えてある。
たれかいま眸を洗へる 夜の更に をとめごの黒き眸流れたり
口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
激突の叫喚は靄の中なるをあるものは人の耳に聴こえず
われはいま氷の墓原に出没す奇怪ならじか杳けし 人よ
硝子戸に嵐閃き髪洗ふわが専念はふかしぎならむ
統率はさびしからじかこども率
(ゐ)ておみなの教師路上を過ぎにき
鋭角の影置くかほにあらはるる苦渋ありありと冬の医師なりき
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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。





 季刊同人歌誌「COCOON」Issue13を読み了える。
 到着は、先の9月29日の記事、入手した5冊(4)で報せた。



 

 その5冊の内、4冊を読み了えて記事アップ(この記事を含め)し、残るKindle Unlimited版・小説「よみ人知らず」を読んでいる。
 同・Issue12の感想は、先の6月23日の記事にアップした。


 

c・COCOON Issue13
 「COCOON」は、短歌結社「コスモス」内の若手歌人による、季刊同人歌誌である。若手といっても、1965年以降生まれの規定なので、50代歌人を含む。
 Issue13は、2019年9月15日・刊。85ページ。
 若者に時代の圧力は強く掛かる。しかしここには、かつてのような苦しみ、憤りは少ない。収入があり、結婚し(あるいは子供を儲けて)、過労に耐えて、我慢しているのだろうか。
 自由、平和、平等といった戦後の理想は、諦めたのだろうか。「アベちゃんの側に立ってしまえば、楽なんだけどね」と巷間で囁かれる。戦後民主主義を生き、歌人(芸術家の1グループ)として生きる時、反権力は基礎だと思うのだが。


 3首を引用する。
 O・達知さんの「OTAPY」12首より。
ほろよいでめんどうくさくなる人の、妻がそうだと知った衝撃
 S・なおさんの「みづの影」12首より。
「じんるいのそんぞくに猫は不可欠です」振り向けばもうだあれもいない
 S・美穂さんの「球体と歌」12首より。空虚な歌として。
炭酸の気泡がひとつ昇っても快晴の空に雲は生まれず




 沖積舎「梅崎春生全集」第3巻(1984年・刊)より、6回め、しまいの紹介をする。
 同(5)は、先の7月19日の記事にアップした。リンクより、過去記事へ遡れる。

 今回は、「十一郎会事件」、「紫陽花」、「侵入者」(「写真班」、「植木屋」、2編より成る)、「ある少女」の4編を読んだ。
「十一郎会事件」
 画家の早良十一郎が個展を開き、林十一郎を名乗る男(架空の「十一郎会」会員)に絵を騙して借り出されるれるものの、個展の最終日に絵に高級ウィスキーを添えて返される、ミステリーめいた1話である。

「紫陽花」
 野田三郎・青年に学資を支給していた、貴島一策・トミコ夫婦が、突然、毒物自殺してしまって、もう一人の娘さんと共に、支給を打ち切られる話である。理由は不明なままである。
「侵入者」
 「写真班」では、住宅金融公庫の写真班を名乗る男2人に踏み込まれ、勝手に屋内の写真を撮られる。電気屋も、強引に玄関ブザーを取り付けて行く。
 「植木屋」でも植木屋が、強引に庭木を植え付けて行き、あるいは中より抜き去って行く。
 経済が復興に向かう戦後10年、人心はまだ安定しない部分があり、小業者も取り残されそうで、強引になっている。
「ある少女」
 敗戦の年の秋、「私」が16、7歳の娘に外食券食堂で、芋1切れを恵もうとして、拒まれる。しばらくして、その少女はヤミ屋の売人になり、外食券や煙草を売るようになる。5年ほど後、その娘さんが裕福そうな奥様になり、3歳ほどの男児を連れていた、という後日談が付く。梅崎春生は、戦地や敗戦直後を描いて、迫力がある。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 先の8月5日にアップした記事、入手した5冊(3)の内、張籠二三枝さんの「三好達治 詩(うた)まくら」を読み了える。
 2014年、紫陽社・刊の「三好達治 詩語り」、2016年12月22日の記事、張籠二三枝「三好達治 詩のエピソード」に次ぐ、三好達治・評釈の第3編である。

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 各種「三好達治全集」を索捜し、周囲の人物の文章を挙げながら、三好達治の詩の真意を探ってゆく。
 福井県坂井市(当時、坂井郡)三国町に仮寓した5年間を主とする。しかし、三国町での萩原アイとの短い結婚生活は、萩原葉子「天上の花」に詳しいからか、この3冊であまり触れられていない。
 戦後も57調の詩ばかり書いていた三好達治を、今に論究する価値が、どこにあるのか。著者の郷土愛ばかりでなく、初期抒情詩と戦中の翼賛詩に注目が集まる中で、戦後の詩を含めて評価しようとするのだろうか。
 若者があからさまに「戦前」と呼ぶ時代に、三好達治の評価の底上げを図るものでなければ良いが。彼女の1連の作品は、お嬢様文学ではない。



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