風の庫

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扶助

 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、歌集「風の中の声」後半を読み了える。
 
同(前)は、今月8日の記事にアップした。
概要
 おおまかな概要は、上のリンク記事で紹介したので、参照されたい。
 生前未刊のこの歌集は大冊なので、前後2回に分けてアップする。
 後半は、110ページ「冬木群」の節より、152ページ・巻末までを読んだ。
感想
 母親、弟妹を扶助する(仕送りをした?)身は、家庭を裕福にできなくて寂しむが、戸主としての威厳を崩さない。子を詠む歌は濃やかで、優しさに満ちている。
 60年安保(僕は田舎の10歳児だったので、よく知らない)当時らしい歌もあるが、引かない歌の下句に「いづれの側にもつきたくはなし」と詠むなど、関わろうとしなかった。従軍体験、労働争議体験、2つの大きな敗北を経た身は、政治闘争に関わりたくなかったのだろう。
 いっぽう、叙景歌は人為の加わった景色を詠んで、優れた姿を見せる。
 歌集を当時に出版しなかった理由に、財政の他、家庭のこと、会社での立場、政治の忌避など、1961年以降の社会に、憚る思いがあったかも知れない。
引用

 以下に7首を引く。
係累ゆゑ貧しき生活(たつき)に耐ふるべく我が強ひて来つ我の妻子に
雪の玉押しつつ雪を大きくし余念なき遊び幼子のする
国会の乱入起り事ののち立場持ち互ひに非を責むるのみ
神経の困憊に夜更け目覚めをりひしひしとわが生(せい)の寂しさ
秋の星を杉の秀の間にちりばめし中尊寺参道闇厚きかな
黄葉(もみぢ)して寂しく明かる木々の間に「憩ひ」はありと我が入りて来つ
河沿ひに並み立つ直き杉の幹日は照らしつつ船遠ざかる
0-21
写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。







 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、未刊歌集「風の中の声」前半(110ページ、「雪と幼子」の節まで)を読み了える。
 先の11月16日の記事、
同「蟬」を読むに次ぐ。
 なおこの全歌集は、1ページ10首(10行)組みであり、20首組みだった短歌新聞社「岡部文夫全歌集」よりも読みやすい。
概要
 歌集「風の中の声」は生前未刊の歌集であり、没後に原稿が発見された。実質的に第2歌集であり、題名も全歌集刊行会が仮に付した。
 1953年(33歳)~1961年(41歳)の706首を収める。短めなら2冊分の首数であり、前後2回に分けて紹介したい。
感想
 彼は1947年に労働争議に関わり、1949年に退職、転職した。1949年には結婚し、子供も生まれた。
 更に長男として、母、弟妹の生活を扶助し続けなければならなかった。1度ヤケドを負った、その様な庶民は、2度と政治的闘争に関わろうとしないだろう。
 重役に追従を言って暗澹となったり、多人数の馘首に関わったのは、生活のため、生き抜くために致し方なかったのか。
 人嫌いになったのか、叙景歌が多くなる。しかし人のいる叙景に優れていたようである。自然詠では「アララギ」系の写生にまだ及ばないようだ。
 短歌が救いであったと、書かれていないが、信じられる。
引用

 以下に7首を引く。
偶然が人を支配しゆくことを語れども納得を君に強ひはせぬ
野づかさの起伏を遠く自転車に見え隠れ来る人の小さし
妻と子と風呂より戻る声聞ゆ今宵三十五歳のわが誕生日
正義は常に労働者にありと想はねど四十人を失職せしめたり
食卓を中にして妻と対ひをり我が生涯のおほよそは見ゆ
背負ひ切れぬ荷重(かぢゆう)を更に積むごとし公私にありて限りもあらぬ
折紙の飛行機作り幼子と遊べば明日は団交が待つ
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。


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