風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

抵抗

 本阿弥書店の総合歌誌(綜合歌誌・改め)「歌壇」2019年11月号を、作品中心に読み了える。
 到着は、先の10月22日の記事、届いた3冊を紹介する(6)で紹介した。



 同・10月号の感想は、先の9月25日の記事にアップした。



歌壇11月号
 11月号の短歌作品は読んだけれども、散文はほとんど読まなかった。
 特集・読みを鍛える、ザ・巨匠の添削「前田夕暮」も食指が動かなかった。
 去年までは楽しみにしていた、2つの短歌甲子園のルポも、興味が湧かない。短歌甲子園の出身の若者歌人で、歌壇で活躍している者がいないせいだろうか。
 篠弘「戦争と歌人たち(65)」も厳しいが、将来の戦争抑止にどれだけ繋がるだろう。

 短歌作品では、佐伯紺の特別作品30首「日々をさぼる」に注目した。2014年、第25回歌壇賞を受賞しながら、歌集がない。働いても学んでもいないようだ。サボタージュしてダルに暮らすのも、世への抵抗の1つだろうか。


 先の10月28日の記事、ふくい県詩祭で頂いた3冊、で紹介した内、同人詩誌「果実」81号を読み了える。
 同・80号を読む、は今年4月11日の記事にアップした。



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 同・81号では、教員経験者ではないかも知れないが、同人F・則行さんが代表の創作童話誌等の関わりからだろう、U・千枝美さんとK・八重さんが新しく同人に加わった。
 U・千枝美さんの「おさがり」から。彼女の詩集「ひこばえ」を含め、第36回・会員の詩集を祝う会(2017年9月17日の記事)で、K・八重さんがU・千枝美さんを良妻賢母の典型と紹介したから、そのようなイメージを僕は持っていた。しかし「兄のおさがりをねだった」等、ボーイッシュな願望があったようだ。もっとも「私もいいおばあちゃんになったなあ/と息子に思われたい」と良き家庭人か。
 N・昌弘「はしもと君やろ」は、施設に入った義父から、「はしもと君やろ」と無邪気に言われて落胆する話である。社会や政治の悪意ある不条理より、認知症の不条理が怖い。
 T・篤朗さんの「ラジオ体操」、「橋の上の風景」は、共に弱い少年を擁護している。
 エッセイでは、W・本爾さんの「「馬鹿ばやし」の紹介を兼ねて」が、地元の伝統芸能「馬鹿囃子」を紹介して貴重である。
 F・則行さんの「ぐうたらな老いのひと日」は、2019年8月21日の、5:50の起床より00:50の就眠までを、時間順に記録する。2新聞をていねいに読み、食前酒、缶ビールを飲み、午後には公園へ出掛ける。夜にはテレビを観、本を読んで眠る。世をサボタージュしたダルな1日を送る(彼は児童文学等に関わり、重要な役がある)のは、世を拒否する、というより非協力の抵抗だろう。


 角川書店「増補 現代俳句大系」第13巻(「1980年・刊)より、13番目の句集、藤田湘子「白面」を読み了える。
 今月1日の記事、
大野林火・句集「潺潺集」に次ぐ。
概要
 「白面(はくめん)」は、藤田湘子(ふじた・しょうし、1926年~2005年)の第3句集。「途上」「雲の流域」に続く。
 原著は、1969年、牧羊社・刊。360句、著者・あとがきを収める。
 藤田湘子は、水原秋桜子の「馬酔木」の編集長にまでなりながら、俳誌「鷹」を1964年に創刊し、1968年「馬酔木」同人を辞退した。
感想
 本句集は、上記の2件の荒波の中で吟じられた。1962年~1969年の句を、年別によって章とした。
 字余り、句割れ等の技法が用いられる。それらを避ける事は簡単だったろうが、あえて用いて、伝統への、時代への抵抗を表わすのだろう。
 もちろん定型の句が多く、初期よりの抒情性を保っている。
 「風切って雪解野の日の近くあり」といった、主語・目的語のはっきりしない句があって、僕は戸惑う。
引用
 以下に5句を引くが、1968年、1969年の句よりは引かない。思い入れがあるので。
頬白に萱わけいづる雪解水
春に逝き埴輪のごとき父の顔
桜固き旅にて一夜睡り足る
木曾駒の冷えのさざなみ種下ろす
敵多く汗つよく頸太るなり

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写真ACより、「おもてなし」のイラスト1枚。



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 Amazonに予約注文してあった、綜合歌誌「歌壇」2017年12月号の、発送案内が11月14日にあり、15日に届いた。
 短歌作品を中心に、ほぼ読み了える。
巻頭20首
 藤原龍一郎(以下、敬称略)の「カミノクニ」20首は、好戦的になってゆく世を、反語的に詠んでいる。1首を挙げる。
「オカルトとナチスが好きなゴスロリの愛国少女ですDM希望」
 服部真里子「マクベスの正気」では、正気と狂気のあわいを往還するのだろうか。1首を引く。
ピアノを運ぶエレベーターにピアノ無くその明るさに泣いていたいよ
 明るさは滅びの徴しであるという。暗さの内の希望もなくなる時代だろうか。
特集 アララギが遺したもの――アララギ終刊から二十年
 総論の大辻隆弘「写生、一回性の記述」は、「現実」に対して「理想」(想像力)を挙げ、「個人の想像力は有限である」と論断しているけれど、「現実」に対するのは想像力のみでなく、また人類の想像力は無限である。僕が言っても、波は立たないだろうが、書き添えて置く。
インタビュー 尾崎左永子さんに聞く

 彼女が17年間のブランクより、短歌に戻ったのは、1988年の歌集「土曜日の歌集」の事だった。「十七年おいて帰って来てみて、やっぱり短歌が好きだなあと思いましたね」と短歌の魅力(魔力?)を語る。
寸感
 戦時下の経験や、戦後の第二芸術論を経て、今の時代に最も抵抗しているのは、歌壇だと僕は思う。



 吟遊社「春山行夫詩集」(1990年・刊)より、第5詩集「鳥類学」を読み了える。
 第4詩集
「花花」の紹介は、今月7日の記事にアップした。
 詩集「鳥類学」は、1940年、山雅堂・刊。「現代詩人全集」第4巻に所収。
 「一隅にて」の「チュウリップの植つた/小径をぐるぐるまはり/スミレ色のスウエタアを/一マイルもとばす/石造の噴水に/薔薇のアアチも咲きました/…」は、喧伝される都市モダニズムとして、幼く貧しい。
 「旅行記」の「町は一本のガラス管で/犬と蠅が往来する/酒屋が果物を並べている/貸馬車屋がホテルで/質屋が酒場だ/…」は、世の混乱を背景としたダダイズムだろう。
 最終章の名詞の羅列など、思考力の低下か。
 ともあれ、平和的繁栄を願い、危機への不安としての、戦前モダニズムの、最後の抵抗だっただろう。1941年12月、太平洋戦争が始まった。
 このあと春山行夫の詩集は、刊行されていない。モダニズムの無力さを思い知らされての、彼のけじめだろう。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



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