風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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敗北

 吉田篤弘の月舟町三部作より、完結編の「レインコートを着た犬」を読み了える。
レインコートを着た犬 (中公文庫)
吉田 篤弘
中央公論新社
2018-05-22


 第1作の「つむじ風食堂の夜」は、今月22日の記事にアップした。

 リンクより、初めに読んだ第2作「それからはスープのことばかり考えて暮らした」の感想へ、遡れる。
 「レインコートを着た犬」は、映画館主の青年・直さんに飼われる犬(人語、人情を解する)ジャンゴの目から視た、直さん、映画館でパン屋を営む初美さん、コンビニに勤めるタモツさん、古本屋のデ・ニーロ親方、その妻で屋台の飲み屋をしているサキさん、つむじ風食堂のサエコさん、果物屋の青年兄弟たちの物語である。漱石の「吾輩は猫である」のようだ。
 サキさんが屋台を止められない理由を、「ただ、わたしのこの屋台はね、云ってみれば、世の中のどんづまりにある最後の楽園みたいなものだから」と述べて、家庭にも居場所のないサラリーマンを思わせる。ジャンゴは、「世間知らずという言葉が示す「世間」というものは、、そうした純真なものをひねりつぶすのが得意である」と思う。また「愚かしいことは時に可愛い。可愛いことは、おおむね愚かしい」とも。
 うらぶれた住人たちだが、直さんがギターの名手である(今は封印している)ことが明かされ、降雨を研究している先生は問題解決の糸口を掴み、住人それぞれが新しい出発をするのかと、僕は思った。「リベンジ」という言葉(復讐ではなく、再挑戦という意味で)が好きである。しかし物語では、それぞれが営みをほとんど変えない。映画館の「いつまでも終わらない最後の上映」が話題になり、皆の集合写真を撮る場面で仕舞いとなる。記念写真を撮るようでは、散会の前のようで危うい。
 敗北の美学、敗者の美学、というものを僕は認めたくない。人気作家の作品であることも気に障る。



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写真ACより、鉢植えのイラスト1枚。
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 本阿弥書店の総合歌誌「歌壇」2020年2月号を、作品中心に読み了える。
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 入手は、先の1月19日の記事、入手した3冊を紹介する(6)にアップした。


 同・1月号の感想は、先の1月12日の記事、同・1月号を読む、にアップした。


 2月号の巻頭20首より、三枝浩樹「時のかたみ」掉尾から。
戦中と戦後、今生をつらぬきて隠りながるるひとすじの水
 その前には、戦死した者、長く帰還兵を待つ母を、賛美する歌がある。
 敗戦革命も、戦後民主主義教育とその挫折も、無かったごとく見做す、反動である。

 同じく松村由利子「一樹であった」の掉尾は次の1首である。
伐られても悲しくはない笛となり誰かの息に満たされるなら
 時代への敗北の悲鳴と、諦念が聞こえるようだ。


 特別企画・初冬の越前を訪ねて、は誰の企画だろうか、読むに忍びない。企画旅行の目で、詠んでほしくない。僕は日本の社会風土は嫌いだが、郷土の福井県を、原発問題を別として、好きである。郷土を汚してほしくない、との思いがある。

 第31回歌壇賞決定発表では、受賞の言葉に「今までずっと短歌に救われてきました・・・」とあり、短歌の救いを信じる者には、作品に新しみはないながら、納得できる。将来はわからないけれども。


 


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