短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、合同歌集「いしかは」の岡部文夫・集の分を読み了える。
 9月5日の記事、没後・刊の初期歌集
「氷見」に次ぐ。
概要
 合同歌集「いしかは」は1937年、山本賢次との共著で、青垣会・刊。
 山本賢次は、青垣会の同じ石川県能登・出身だった。
 岡部文夫・集は、この全歌集で19ページ、350首前後だろうか。
 岡部文夫は、初期の口語自由律プロレタリア短歌より、1931年に橋本徳壽「青垣」に転じて6年の初の歌集だった。
感想
 古泉千樫・系「青垣」は「現実の相に根を張り、自己を強く打ち出す」という、写実系と浪漫系の良い所取り、上手く行かなければ宙ぶらりん、という理念があった(三省堂「現代短歌大事典」2004年版「青垣」の項より)。
 「いしかは」では、のちの自在さはないものの、文語定型短歌に転じた、短歌に生を任せた者の安堵を読み取り得る。
引用

 以下に5首を引く。
とむらひより晩(おそ)く戻りてうすぐらき畳に螻蛄(けら)のはしるをころす
山川の清瀬啼きめぐるかはせみを一羽かとみれば一羽にあらず
吾が家をせりおとすこゑきこえゐるゆふべの部屋にすわりをりつも(家を売らむと帰省す。)
フライパンに卵かきまぜてゐる妻の冷えをいふらしぼそぼそとをり
いづこにかあらき訛に叱るこゑすはふり終へたる昼のひそけさ(姉死す)
0-28

写真ACより、「アールデコ・パターン」の1枚。