風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

歌壇

角川「短歌」1月号
 今月16日の記事「歌誌「歌壇」2月号が届く」の末尾で、「角川「短歌」Kindle版に惹かれる自分を意識している。」と書いた。
その後で、角川「短歌」2018年(平成30年)1月号を、ダウンロードした。日付を確かめてみると、1月15日となっている。
 1月15日に記事を書き、予約投稿したあと、どうしても欲しくなって、買ったようだ。
 1月25日頃まで待って2月号を買うのでなかったのは、1月号の「新春75歌人大競詠」に惹かれたからである。717円(紙本・版、1,200円)。付録、投稿券は付いていない。今はまだ読み了えていない。
 Amazonへの「歌壇」3月号の予約注文は、取り消しておいた。
 角川「短歌」があまり保守的過ぎて辟易したなら、「歌壇」に逃げ帰るかも知れない。


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 今月16日の記事で到着を報せた、綜合歌誌「歌壇」2018年2月号を、短歌作品中心に読み了える。
 
同・1月号の読後感は、昨年12月29日の記事にアップした。
概要
 2018年2月1日付け、本阿弥書店・刊。169ページ。
 巻頭作品20首4名。第29回歌壇賞決定発表。特別企画「氷見・五箇山を訪ねて」(8首と短文)8名。作品7首10名。他に評論、エッセイなど。
第29回歌壇賞決定
 今回の受賞は、川野芽生(かわの・めぐみ、以下・敬称略)の「Lilith」30首である。彼女は1991年・生、同人誌「穀物」他に参加。
 選考座談会で、吉川宏志が「この一連はおそらく、男性社会に対する呪詛に近い批判がある。」と述べている。
 また「受賞のことば」で彼女は「そのときはじめてわたしは、自分が特定の性に、ことばや真実や知といったものを扱い得ないとされる性に、分類されることを知ったのでした。」と述べて、吉川宏志の言を裏付けている。
 人類の滅亡後も言葉が生き残ってほしいという願いは、あり得ないようで、ヒエログリフやヒッタイト文字のように、人類以後の生命に解読されるかも知れない。
 「Lilith」はユダヤ伝説の、女性の悪魔である。戦闘的ジェンダー性は、保守権力への反抗が敗れつつある現在、男性原理へ矛先を代えたものと思われる。
引用

 巻頭の桑原正紀「表参道の秋」20首には、世の右傾化を詠む4首がある。
Jアラートが役立たぬのはあたりまへ危機感煽るのが目的だもの
 このあっけらかんさは、既に右傾化を押しとどめる方策の放棄があるようだ。そして長期療養中の妻の許へ戻って行く。もう1首
夜な夜なを妻に添ひ寝をする猫の首のほころび縫ひ合はせやる




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 Amazonに予約注文してあった、綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2018年2月号が、大雪のせいか予告より1日遅れて、1月15日(月曜日)の昼に届いた。
 なお
同・1月号の感想は、昨年12月29日の記事にアップした。
 今号には、「歌壇賞」の発表がある。「受賞の言葉」は、高い口調で述べられている。
 8氏の競詠も楽しみである。
 実は角川「短歌」のkindle版が、700余円で買える事を知った。価格のみで言うのではないが、そちらに惹かれる自分を意識している。



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 今月19日の記事、「届いた2冊とUSBメモリ」で報せた内、綜合歌誌「歌壇」2018年1月号を、作品中心に読み了える。
 新春巻頭作品は、それぞれ詠い上げているが、時代を憂える作品はないようだ。
 坂井修一(以下、敬称略)の新春巻頭言「ディストピア」は、IT学者でもある彼が、ITがユートピアではなく、幾つかの巨大企業と政府に独占され、社会的・政治的にディストピアへ至る手段として用いられる事を憂える。仕事と家事をAIに任せ、娯楽に耽る個人生活にも(ありえないだろうが)、否定的である。
 新春鼎談「短歌の読みをめぐって」では、万葉集や斎藤茂吉はさておいて、今話題になっている若い女性歌人の歌を取り上げてほしかった。僕の読むところ、そのような歌は1首しか取り上げられなかった。
 特集「不易流行の短歌―短歌の普遍と流行とは」は、禅問答みたいな不毛な取り上げ方をしないで(「考えないほうがいい」と題する筆者もいる)、文学の「真と新」と考えた方が良い。「変らぬ真がある」と考える人もいるだろうし(不易)、文学は「新」を常に欲求し欲求されている。2つが重なり合う部分もあるだろう。
 作品特集「平成30年を迎えて」10名の8首と短文は、老若が時代の危機を意識している。歌集を読んだばかりの江戸雪の「湧き水からの連想」を含む。



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 Amazonに予約注文してあった、綜合歌誌「歌壇」2017年12月号の、発送案内が11月14日にあり、15日に届いた。
 短歌作品を中心に、ほぼ読み了える。
巻頭20首
 藤原龍一郎(以下、敬称略)の「カミノクニ」20首は、好戦的になってゆく世を、反語的に詠んでいる。1首を挙げる。
「オカルトとナチスが好きなゴスロリの愛国少女ですDM希望」
 服部真里子「マクベスの正気」では、正気と狂気のあわいを往還するのだろうか。1首を引く。
ピアノを運ぶエレベーターにピアノ無くその明るさに泣いていたいよ
 明るさは滅びの徴しであるという。暗さの内の希望もなくなる時代だろうか。
特集 アララギが遺したもの――アララギ終刊から二十年
 総論の大辻隆弘「写生、一回性の記述」は、「現実」に対して「理想」(想像力)を挙げ、「個人の想像力は有限である」と論断しているけれど、「現実」に対するのは想像力のみでなく、また人類の想像力は無限である。僕が言っても、波は立たないだろうが、書き添えて置く。
インタビュー 尾崎左永子さんに聞く

 彼女が17年間のブランクより、短歌に戻ったのは、1988年の歌集「土曜日の歌集」の事だった。「十七年おいて帰って来てみて、やっぱり短歌が好きだなあと思いましたね」と短歌の魅力(魔力?)を語る。
寸感
 戦時下の経験や、戦後の第二芸術論を経て、今の時代に最も抵抗しているのは、歌壇だと僕は思う。



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