風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

歌集

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 「生方たつゑ全歌集」より、第1歌集「山花集」を読みおえる。
 全歌集は、角川書店、1987年・再版。前のブログ「サスケの本棚」の管理画面・検索によると、2009年5月2日、三月書房のホームページより、再販本を購入している。7年半、待たせたわけである。
 写真は、2重箱のうち、外箱(輸送用箱?)である。内箱を写すべきかも知れないが、黒地に題箋が貼られているので撮りにくく、外箱を写した。
 縦長の普通の本に思えるが、本体は横長である。1ページに最多21首が載るが、ほぼ同型の短歌新聞社「若山牧水全歌集」(1ページ20首)に比べて、横長の分だけ読みやすい。社長時代の角川春樹の才覚だろう。
 生方たつゑ(うぶかた・たつゑ、1904年~2000年)が、旧家に生まれ旧家に嫁ぎ、歌を詠み始めた事に、異論はない。
 初期の歌は、「アララギ」風の写実に徹するものだったとされる(三省堂「現代短歌大事典」に拠る)。
 「山花集」(1935年、むらさき出版・刊)より、以下に7首を引く。
梅雨のあめ音もひそけく降る夜かも家びと寄りて茶に親しめる
(いにしへ)の貴人(あてびと)さげし勾玉のたまを並べて心足らへり
薄皮をぬぎてすがしく芽立ちたるサフランの鉢を日向にはこぶ
さむしろに拡げて干せる大麦にこぼれまじれる南天の花
引窓に残る明りを追ひつつも今一息と縫(ぬひ)次ぎてをり
きりぎりすは籠によわれり気にやみて盆十六日の今宵放てる
枯くさはひかりくもりてざわめけり鮒を養ふ池はよどみて
 (1部、原文のルビを省いた)。




 昨日(12月8日、木曜日)に、僕と女性二人のメンバー3人による、短歌研究会B第10回が、ある喫茶店の1隅で持たれた。
 同・第9回は、先の11月14日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 時刻は9時半からの予定だったが、Mさんがお孫さんの手術で、30分遅れたのはやむをえない。
 前回に続いて、岩波文庫「宮柊二歌集」の「山西省」の、昭和18年分に入る。
 章立ての「塞下悲報」の「塞下」と、次の「冀西晋北」の、訓みも意味もわからない。後者は地名かと推測した。
 「塞下悲報」は戦地にあって、師・北原白秋の逝去を知り嘆く歌1連である。
 「おどろ」「青みどろ」「うつそみ」「からくして」「みそかには」と、慣れない言葉が多いが、例によって電子辞書版広辞苑第6版で調べて、ほぼ判った。
 1首に「河音」「風音」と重なる事、「青」が重なる事が、Mさんより指摘されたが、戦中詠の非常時の作品として、読むべきだろう。
 また字足らず、大幅な字余りの歌が多い事も、上記の事情を読書の考慮に入れねばならない。
 戦後の歌で始まる歌集「小紺珠」に入り、初めの「砂のしづまり」1章のみを読む。
 「遊ばせて」「遊びつつ」の句が出て来るが、「ありがてぬかも」(生きていられない)の句があり、「自死を考えていた」という回想があったと僕は記憶しており、のんびり遊んでいたのではなく、時代・思想の激変に苦しみながら、身をもてあましたのだろう。
 この章で今日の研究会Bを済ませ、次の研究会Aの日程を決め、11時頃に散会した。
暖炉1
フリー素材サイト「Pixabay」より、暖炉の1枚。




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 鳥居歌集「キリンの子」を読みおえる。KADOKAWA、2016年7月・5刷。
 購入は、11月24日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 解説で歌人・吉川宏志(文中敬称略)が「孤独で凄惨な生き方をしなければならない人がいる。鳥居もその一人だった。」と述べる。
 両親の離婚、母の自殺、養護施設での虐待、友人の自殺、自殺未遂、リストカット等の悲惨な経験を経ながら、彼女は短歌の1筋に繋がる事に由って、心の安定を得る。
 「短歌は自己救済の文学である(短歌を読み詠む事に由って、自分が救われる)」という言い伝えの、見事な実例である。
 短歌を詠む事に慣れて、レトリックが上手くなると、彼女の短歌の魅力が減るが、致し方ない方向性か。
 出版社サイドの、帯文や著者プロフィールでの「売らんかな」主義は、目障りである。
 以下に7首を引く。
入水後に助けてくれた人たちは「寒い」と話す 夜の浜辺で
くちあけてごはん入れてものみこまず死を知らぬ子は死にゆくひとに
先生に蹴り飛ばされて伏す床にトイレスリッパ散らばっていく
虐げる人が居る家ならいっそ草原へ行こうキリンの背に乗り
生まれたくなかっただけと包み込む左手首の白い傷痕
しゃがみこみ耳を塞いだ友だったあんなに大きな電車の前で
手を繋ぎ二人入った日の傘を母は私に残してくれた

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 宮本君子さん(「コスモス」会員)が送ってくださった第二歌集、「梅雨空の沙羅」を読みおえる。
 今月13日の
記事(←リンクしてあり)、「頂いた本と買った本、5冊」で紹介した内、4冊めの本である。
 2016年9月30日、柊書房・刊。437首。
 読み始めて、「あれ、宮本さんの歌はこんなのかな? 森重先生の選はこんなのかな?」と疑いながら進むと、すぐに歌は優れた作品ばかりとなった。
 中年後期から初老に至る齢の、哀歓を描いて、惹かれる作品が多く、10余枚の付箋を貼ったが、前例に倣い、7首を以下に引く。
愛想のよき中年の奥にある哀しさに似て梅雨空の沙羅
老い支度いえ死に支度などと言ひ友は蔵書をつぎつぎ呉れる
人声の絶えて滅びし<夏夜鳥集落>はふかき山に戻りぬ
来た来たと誰か叫(おら)べるまたたく間一位の走者走り抜けたり
癌を病む兄が見舞ひにおとづれて左半身麻痺の夫抱く
秋の夜をひつそり起きて授乳する娘へ熱き生姜湯いれる
三歳の駿太は林檎の皮が好き真赤真赤とうたひつつ食ふ




 最近に4冊の本を頂き、1冊のkindle本を買った。
 以下に列挙する。写真は、各冊を読んでの紹介時にアップしたい。
 この記事のカテゴリに困って、「買い物―本」に入れてあるので、ご容赦願いたい。
1・秋亜綺羅・季刊個人詩誌「ココア共和国」vol.20
2・有田幸代・個人詩誌「野ゆき」vol.7
3・同人詩誌「果実」75号、6名16編の詩、他
4・宮本君子・第2歌集「梅雨空の沙羅」
5・中家菜津子・詩歌集「うずく、まる」(kindle本)
 せっせと読まなくては。
apple3
フリー素材サイト「Pixabay」より、りんごの1枚。




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