風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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 同人詩誌「果実」の同人であり、福井県詩人懇話会・代表の渡辺本爾さんが、詩集「時間の船に浮かぶ」を贈って下さった。

時間の船に浮かぶ
 2020年11月21日、能登印刷出版部・刊。91ページ。3章31編を収める。
 若くして亡くした母、認知症の父、自分の覚悟を歌って、力量1杯の作品ばかりである。

 渡辺本爾さんの詩集を遡ると、先のブログ「サスケの本棚」2015年8月23日の記事、「渡辺本爾詩集 2」まで遡る。記事より「同 1」へ遡れる。



 単行本詩集としては、「華苑」のあと、「ぼくの夜汽車」(1989年、能登印刷出版部・刊)に続く。
 平成の30年間に書かれた、この詩集を読み了えたなら、つたない感想なりと記事アップしたい。



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 綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2019年7月号を、作品中心に読み了える。
 到着は、先の6月18日の記事、1冊と2誌が届くで報せた。
 同・6月号の感想は、先の5月25日の記事、同・6月号を読むにアップした。リンクより、関連過去記事へ遡れる。

刻のバトン 7 逢魔時 米川千嘉子
 優れた1首で、本冊の最も感銘した1首である。
特集・平成元年の歌集を読む
 僕が結社「コスモス」に入会したのは、1993年(平成5年、43歳)だった。俵万智の「サラダ記念日」(1987年、昭和62年)より、6年を経て(県内の同人歌誌の経歴・2年があって)、短歌結社に入った(今は「コスモス」を退会している)のである。
 平成元年には、作歌を始めていなかった。歌歴30年以内の読者は、当てにしていないのかと、無法ないちゃもんを付けたくなる。
 見開き2ページずつ紹介されている7歌集の内、3冊は読んでいるけれども。

私の本棚、私の1冊 7 永田和宏
 去年一年は「象徴のうた」の週一の連載があった、とか。反権力の闘士が、政府系の賞をほしくなったのかと、読まずに勘ぐりながら惜しむ。夫人の「河野裕子全歌集」が出ない不満もある。
巻頭作品二十首、他
 巻頭作品は年齢順、作品12首(10名)と作品7首(10名)は、作者名のあいうえお順に並ぶらしい。ここまでにする。
引用
 藤田正代さんの「小さな部室」7首より。
たった一つの台詞に母を招きたる演劇祭のカーテンコール
 高校演劇部での3年生の最後に、出演できたらしい。感傷的だが、喜びの歌である。



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 三浦哲郎の短編集「愁月記」(新潮文庫)より、2番目の「ヒカダの記憶」を読む。
 今月27日の記事、
同「愁月記」を読む、に次ぐ。

 12ページの短編小説だが、4章(無題)に別れる。
 第1章では、亡母が夢見を気にする性質で、気になるような夢を見たあとは、ひそひそながら作家に打ち明けた。手紙となり、電話となるが、それは続いた。自身の両親、夫、自殺した二人の娘、行方不明の二人の息子の夢である。早々と離散した子供たちのせいで、引け目を感じたのだろうと作家は推察する。

 第2章では、ほとんど夢を見なかった作家が、母の没してより1年後くらいから、亡母の夢を見るようになる。風変わりな姿だが、脛のヒカダを見て確かめる。ヒカダとは、冬に炬燵に入り浸って、女性の脛にできる火傷模様で、各人に違う。

 第3章では、子供たち全員を取り上げた産婆さんが、老いての対話である。色素のない娘二人を産んだ母は、作家を妊娠した時、堕胎しようとしたが、クリスチャンの産婆さんの説得によって、産む決意をする。産婆さんは、母のヒカダが美しかったと回想する。産むために力んだ母の足に、灯がともったようで、ヒカダがきれいだったとの回想である。

 第4章では、亡くなった母を納棺の際に、脛のヒカダを見て、悲しみに打たれる、という1ページ程の短章である。
 夢の話から、ヒカダの話に移って、母を亡くした作家の心情を語る、名編である。

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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。




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 三浦哲郎・短編小説集「愁月記」より、冒頭の表題作「愁月記」を読み了える。
 新潮文庫、1993年・刊。7編の短編小説を収める。帯が破れかけているが、残している。
 故郷に長病む母の最期を看取りに、故郷へむかう列車で、以前によく上京していた母の、食事時に急に泣き出したり、作家の仕事部屋を眺めまわして満足していた時を、回想する。不遇な宿命を背負った子供たちのうち、末弟の作家が成功して穏やかに過ごしている事に満足だったのだろうと、文中にはないが察せられる。
 目が弱くて琴の師匠をしている姉、母を長く世話している世話上手の付添婦さんなど、他の小説にも現われる人物が、心優しい。親しんでくれた若い看護婦の話もある。
 作家がいったん実家に戻って休んでいる間に、母の容体が急変し亡くなる。死に目には会えなかったが、作家は喪主としてあれこれ手配し、斎場から骨壺を抱いて車で戻る所で終わる。
 好い日和に亡くなり、数日間好天だった事も、故人の徳として語られる。
 現代風のチャキチャキした文体でなく、渋い文体で淡々と語られ、優れた母への挽歌である。


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