風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年2月20日で以って、Kindle本・短編小説「底流」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「柴田哲夫 底流」と検索すれば、すぐに出て来ます。柴田哲夫は、Kindle版・詩集「詩集 日々のソネット」、「改訂版ソネット詩集 光る波」と同じく、僕のペンネームです。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。Kindle版の無料キャンペーンも随時行ないます。多くの方のご購読を願っております。

現代

 福井県俳句作家協会・編の「年刊句集 福井県 第58集」より、7回めの紹介をする。
 同(6)は、今月26日の記事にアップした。



 今回は、敦賀地区(敦賀市、美浜町)、若狭東地区(三方郡、三方上中郡)、若狭西地区(小浜市、おおい町、高浜町)に渉る、187ページ~215ページの27ページ(途中、扉あり)、51名の510句を読んだことになる。
 今回で、「年刊句集 福井県 第58集」のアンソロジー部の、仕舞いである。今、記事を捲ってみると、ちょうど400名の4,000句を読んだことになる。福井県において、歌壇、詩壇より、遥かに人数が多いので、俳壇の隆盛を願う。

 コンサート、家事など、老いても忙しい様、過疎をそれとなく示す句など、現代を余すなく示して、貴重な郷土のアンソロジーである。
 以下に5句を引く。
征爾振るタクトの動き雲の峰(Y・一枝)
山峡の崩れ草屋根桐の花(N・一雄)
朝寒し忙しき一日始まりぬ(T・恭子)
柿を売る戸板一枚小商い(T・周山)
磯漁の魚分け合ひ浜うらら(H・稔)

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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。



 福井県俳句作家協会・編の「年刊句集 福井県 第58集」(2020年3月・刊)より、6回めの紹介をする。
 同(5)は、今月12日の記事にアップした。リンクより、関連過去記事へ遡れる。



 今回は、鯖丹地区(鯖江詩、越前町、池田町)と南越地区(越前市、南越前町)の、141ページ~185ページの44ページ、86名860句を読んだことになる。
 幼い日や若い日に返っての吟、親から曾孫に至る4世代の吟(長寿化によって、よくあることになった)など、現代を映している。
 なお「老ひし」(老いし、が正しい)、「終ゆ」(終ふ、が正しい)の誤りがあったのは、俳人グループとして惜しい。

 以下に5句を引く。
薄氷や幼に返り割つてみる(T・雪江)
四世代祈る幸せ初詣(K・早智代)
流灯に人は訣れを重ねをり(K・信子)
お気に入りつりし夏服胸にあて(Y・とみこ)
糸電話ほどに繋がる賀状かな(I・和夫)

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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。


 浅田彰「逃走論」を、対談、鼎談を除いて、読み了える。
 入手は、今月16日の記事にアップした。




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 1984年・3刷、筑摩書房・刊。
 対談、鼎談を除いたというけれど、本書では2つが大きな半分くらいを占めている。出て来る思想家の、ドゥルーズ、ガタリどころか(ドゥルーズの文庫本を持っていたが、メルカリで売ってしまった)、フーコー、レヴィ・ストロースも読んでいない。
 僕がこの本を読みたく思ったのは、サルトル流の「投企せよ」「参加せよ(アンガージュマン)」に疲れて、逃げ出したくなったからである。その意味で、「逃走論」の呼びかけは心に受け入れやすい。
 討議を含めて、IT時代の現代を、射程に入れていたのではないかと思われる。
 現状で、楯突く事に疲れ、あちら側(アベ側)に行く事を拒み、逃げ出そう(どこへ?)という志向である。

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 今村夏子の短編小説集「あひる」を読み了える。
 6月10日の記事、同「こちらあみ子」に次ぐ。

 角川文庫、2019年1月25日・刊。
 短編小説「あひる」、「おばあちゃんの家」、「森の兄妹」、3編を収める。
 「こちらあみ子」(旧題「あたらしい娘」)に次いで、「あひる」は芥川賞候補となり、河合隼雄物語賞を受賞した。

「あひる」

 両親と住む「わたし」の家の鶏小屋で、あひるを飼う事になる。「わたし」は医療系資格の勉強中で、まだ仕事をした事がない。あひるに惹かれて、子供たちが集まるようになり、両親も歓迎する。あひるが1ヶ月程で病気になり、病院に父が連れて行き、帰って来るが、わずかに違うように「わたし」には思われる。3回めが死に、庭に墓を立て、3羽が違う鳥であったと両親の偽計がバレる。
 10年前に家を出た弟が、結婚8年めで子を儲けて帰宅する事になり、家の増築工事の場でおわる。
「おばあちゃんの家」
 主人公「みのり」の家族とは血のつながらない、おばあちゃんが敷地内の建物・インキョに住んでいる。親切なおばあちゃんだが、痴呆(?)が始まり、逆に知的・体力的に元気になる様を描く。
「森の兄妹」
 母子家庭の兄妹、モリオとモリコが、小屋に住むおばあさんから、窓を通して飴を貰ったり、実る枇杷の実を全部持って行って良いと言われる。おばあさんの家で、その家族より誕生日祝いされるのをモリオが目撃して、兄妹は小屋に行かなくなる。

 子供たち、非就業者、おばあさん(高齢者)、それぞれ1人前に見做されない者たちと、その周囲を描いて、現代の1面を切り取っている。





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 今月20日の記事「1冊、1紙、1部」のうち、2番目の俳紙を紹介する。
 ネットプリントの俳紙、
「セレネッラ」第十七号・冬の章である。
 
同・第十六号は、今年6月19日の記事にアップした。リンクより、十五号まで遡れる。
概要
 3名の俳人がまず、題を付けて6句ずつを掲げ、その下に新企画「写真俳句」第1回として、小さな写真を挙げ3名がエッセイと締めの1句を付ける、という体裁である。これまでの客演俳優は中止のようである。
感想
 句風の違いは、これまでの生活、俳句の学びの場が違っているのだろう。
 写真俳句の句が面白いのは、読者がエッセイの説明に助けられる面があり、また作者側も思いを縷々述べた後なので、力の抜けた句が成るのかもしれない。
 僕は毎日、ブログ「新サスケと短歌と詩」で発表を続けているので、ネットプリントの必要はあまり感じないけれども、合同で紙に残るものを、と企図すると、ネットプリントは有力である。
引用

 以下に1句ずつ引く。
 金子敦さんの「一期一会」6句より。
コンビニのありし辺りに狸来る
 田舎にコンビニが出店したが流行らずに撤退し、狸が出て来るという山里が、現代の1面としてよく表わされている。
 中山奈々さんの「ここ」6句より。
奥歯軋ませ凩ががここにここに
 奥歯を強く噛んで、危機に耐えている様が、句跨り、字余りにも想われる。
 中島葱男さんの「守護霊」6句より。
白菜の芯に宿りしアフロディテ
 白菜の中に美神を見出して、生活性、国際性、純粋性を得ている。



詩祭全景
 11月18日(第3日曜日)午後1時半より、Aossaビル3Fの「ウェルアオッサ」にて、福井県詩人懇話会・主催の「2018 ふくい詩祭」が催され、僕もカメラ役を兼ねて参加した。
 「2017 ふくい詩祭」は、昨年11月20日の記事にアップした。
 参加者は、事務局に拠ると、49名だった。(12月4日:訂正。事務局長に拠ると、招待者等を含めれば60名前後の参加者だった)。写真に入りきらなかった方、席を外していた方、後から来場した方を含む。
 S・なおみさんの総合司会のもと、懇話会代表のW・本爾さんの開会挨拶より始まった。
 K・久璋さん、H・裕子さん、H・信和さんの3名が、コメントとともに自作詩1編を朗読した。
 そのあと尺八演奏家・平林火山(ひらばやし・かざん)さんの尺八で「山越」「鶴の巣ごもり」、横笛で「秋の歌メドレー」(童謡より)の演奏があった。皆がしみじみと聞き惚れた。
 詩祭のテーマは、詩人・鮎川信夫(1920年~1986年)を巡ってであって、基調講演は批評家・樋口義澄(ひぐち・よしずみ、著書「鮎川信夫 橋上の詩学」あり)氏の「鮎川信夫と現代」だった。シンポジウムでも客席最前列から、コーデイネーターに振られてよく発言していたので、シンポジウムの項で述べる。
 休憩のあと、シンポジウム「荒地の詩人、鮎川信夫を現代(いま)に問う」が始まる。福井の詩人・金田久璋(かねだ・ひさあき)氏のコーディネートのもと、詩人・河津聖恵(かわづ・きよえ)氏、詩人・正津勉(しょうづ・べん)氏、詩人・細見和之(ほそみ・かずゆき)氏が、基調講演の樋口義澄氏の会場よりの発言もまじえ、パネルディスカッションを行った。
 鮎川信夫の父との関係、夫人を隠し子のいなかった事、ユーモア、風土(福井県奥越の山深くで生まれ成長し、1945年2月に「戦中手記」を福井県三方郡の傷痍軍人療養所病棟で密かに書いた)と世代(従軍世代)の問題、孤絶と共同(「荒地」での共同は、言葉の構築による詩、という一致があった故らしい)、アメリカ寄りだった彼の、トランプ大統領が現われる等の現代における意義、に就いて、細かく討議された。没後に見られた彼の私室(ベッドと粗末な机のみで、そこで詩作したらしい)が、今で言うゴミ屋敷で極っており、写真を見た人はショックを受けたと揃って述べた。

 会場からの発言もあり、予定通りの5時に懇話会副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶で締め括った。
 このあと同会場で懇親会が催されたが、僕は失礼して帰宅した。



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