風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

現代詩文庫

 8月17日の猛暑日、午後1時半頃、最も暑い時間帯に向けて、書店・KaBoS二の宮へ向かった。もっとも暑さは、車でほぼdoor to doorなので、心配要らない。
 二の宮店では、迷ったあげく、3冊を買った。


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 穂村弘の最新歌集「水中翼船炎上中」。2018年5月21日、講談社・刊。
 価格:2,530円(税込み)。箱入り、202ページ。


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 佐佐木定綱・第1歌集「月を食う」。
 2019年10月31日、角川書店・刊。定綱は、歌人・佐佐木幸綱の次男である。
 第64回・現代歌人協会賞・受賞。
 価格:2,420円(税込み)。191ページ。


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 思潮社の現代詩文庫より、78「辻征夫詩集」。他にも同文庫の新しい詩集があったが、僕にはわからないようだった。
 2000年7月1日、6刷。4詩集と未刊詩篇を収める。
 価格:1,281円(税込み)。160ページ。

 総額:6,231円。4千円支払うと、6千円分使える振興券を2セット、妻が買い1セットを僕にくれ、書店で使える事を確認していた。ただし5百円分は、小規模店専用なので使えない。
 結局、振興券5千5百円分と、現金731円で支払った。こういう機会でないと、新刊歌集などのまとめ買いができない。
 なお本のまとめ買いは同店での、6月2日の記事、dポイントで2冊を買う、以来である。





 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、作品論・詩人論、4編を読み了える。
 今月9日の記事、同「散文」を読むに次ぐ。



 4編は、作家・辻原登、詩人の蜂飼耳と森本考徳、詩人・映画人の福間健二による、短い評論である。アンソロジー詩集に付した論だから、批判はほとんどない。
 蜂飼耳の「見たことのない谷間のかたち」に次ぎの1節がある。「いったん見えた方法に、収まって絞り込んでいくのではなく、ときには壊し、放棄しながら、新たな方向を試していく。」状況の変化に依る外的要因もありながら、現代詩作家は「詩は、たとえ遊びと言われようと、新しさを追求しなければいけない」(ある贈賞式での発言)と進化を続ける。僕が「ソネットをライフワークとする」と粘っているのと、大きな差である。また第8回鮎川信夫賞の「受賞の言葉」で「詩ではなく、詩の形をした文学作品をつくりたい」と書いたと、引用している。彼は意外と、創作の秘密を明かす時がある。
 福間健二の「荒川洋治と社会」にも、「詩による小説をめざす。とくに詩集『針原』(一九八二)以来、荒川洋治の作品史にはその流れがある。」と書かれる。
 なお詩集「針原」を批判した人もいたが、ここで擁護したい。「針原」は、彼が高校3年間、三国町から福井市へ毎日、片道1時間かけて通った電車、三国線(今は1両or2両編成で走っている)の途中の駅名である。外国の地名などを取り込んだ彼が、故郷の親しい美しい地名の回帰へ進んだ心情が、僕にはわかった。
 これで現代詩文庫「続続 荒川洋治詩集」の了いである。

 荒川洋治氏は、高校文芸部の1年先輩であり、文学だけでなく、詩集発行や同人詩誌発行で、手間や金銭の面倒までかけた。今でも会った時には、親しく接してくれる。令名高い現代詩作家に、敬愛と反発の2重の念を持っている。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 思潮社・現代詩文庫242「続続・荒川洋治詩集」より、詩編を過ぎ、「散文」に入る。
 先の11月26日の記事、同「未刊詩篇<炭素>」を読む、に次ぐ。



 「散文」編には、短い批評とエッセイ、13編を24ページに収める。
 彼は恩賜賞・芸術院賞の推薦理由に、詩作品の他、批評の業績を多く挙げられた事を、喜んだようだ。しかし、評論はその時にも評価されにくく、後世に残らない業だと思う。小林秀雄を、中村光夫を、今は誰も語らない。創作しか、後世に残らないだろう。小説なら、今はややマイナーながら、色川武大、庄野潤三のファンはいる。
 彼の評論も、詩人の評論として、わかりやすい意外さで好評なのかも知れない。
 もう1つ、彼が「文学も出世の手段としか考えない」と詩で書いた事を補助線とすると、彼の詩人への評価がわかる気がする。ほとんど無名で没し、その後に超有名になった宮沢賢治を、許せないのだろう。詩「美代子、石を投げなさい」で、娘に石を投げるよう勧めている。また、「破滅的である事によって、自分の人間性を証明する」とした田村隆一を始め、多く無頼的だった戦後派詩人に、追随しなかった理由の1つだろう。


 彼は「文学は実学である。経済学のスパンが10年か多くて20年先までしか論じられないが、文学は人の一生を左右する」と、繰り返し述べる。批評「文学は実学である」から始まる主張である。僕は、全くそうだと思う。数学の厳密な進展や、医学の発展による救済に、驚きながら。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、「未刊詩篇<炭素>」7編を読み了える。
 先行する「詩集<北山十八間戸>全篇」を読む、は今月5日の記事にアップした。



 彼が「文学も出世の手段としか考えない」と、本音か、フィクション混じりにか、書いたことに就いて一言。日本の近代以降の文学者は、世のあぶれ者から出発しながら、芸術家のプライドを保って来た。その流れからすると、彼の1行は許せないかも知れない。しかしヨーロッパの近代文学が多くブルジョアの慰みごとであった事は措き、古代中国の詩人たちが、詩文に依って出世を計った事を考えると、彼の考えも納得できる。しかし現代日本は、古代中国とは違う。

 「伏見」より。「いめひとの伏見/の特徴だ」は、「伏見のいめひと(夢人を連想させる)」を、引っくり返しただけのようだ。「その日から私は変わったと/その日から 日本は変わったと/突然の美しい声で叫ぶ」の楽観には、むしろ危うさを感じる。
 「蔚山」より。戦前の親日作家「白鉄」が病気(肺結核?)の身で、「とてもよく してもらったので」住むことを決め、諦めない希望を「いまでもいちばん人はきれいだ」と、現代詩作家は讃える。
 「プラトン」は、「ソクラテスの弁明」とトルストイ「戦争と平和」を、混ぜ合わせたような作品だ。
 「炭素」は、16歳まで30年間、旺盛な活動をした(年代測定がくるっている)四国の四人の話が、四国生まれの目を治療する少女たちの話にすり替わる。
 「民報」では、「悪化した胸」の作家野川(島に帰った)を、四つ年下の東京の作家が、偲ぶ話である。旧友が村人と交わりを持てていることに、東京の作家は「ひそかに胸をなでおろし」ている。現代詩作家も、多くの旧友(恵まれた境涯にいない)を偲ぶのだろう。
 恩賜賞・芸術院賞を受けた荒川洋治氏の、これからの活動に僕は関心深い。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、「詩集<北山十八間戸>全篇」を読み了える。
 先行する、「詩集<実視連星>から」を読む、は先の10月20日に記事アップした。



 実は僕は、詩集「北山十八間戸」が鮎川信夫賞を受賞した時、書店より取り寄せて読んでおり、2017年4月5日の記事にアップした。


 それより、どれだけ読解が進んだかわからない。彼は技術の威嚇論によって戦後詩を切り捨て、IQ高官論によって同輩詩人を切り捨て、詩集「あたらしいぞわたしは」や「ボーセンカ」シリーズで、孤独な道を進んだ。詩「かわら」で「僕もまた政治家なので/文学も出世の手段としか考えない」と語るに至る。
 「北山十八間戸」の冒頭「エンジンについて。/表現の構成要素について。」は、彼の表現意欲の発動点と、二重性格的な面を(「グラムの道」には「性格はひとつになりたい」の1行がある)、表したのだろう。「どこにでも小さな商店のある日本」と一人の僧による「中世の救済院」、ともに人の世のあわれだろう。
 「外地」では竹島や色丹島を、政治論ではなく詩化しようとする。末尾「和傘をひらく」と古い日本寄りを暗示するようだ。
 「赤江川原」は中世の、「近畿」は戦時中の占領地の、日本的心情を、現代の自分が感じているようだ。
 境地は1種清しいらしく、「錫」などに社会的に向日的な行もある。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、「詩集<実視連星>から」を読み了える。ここには6編の詩を収める。
 先行する同「詩集<心理>から」を読む、は今月8日の記事にアップした。

 

 「船がつくる波」は、生活が順調に進んで、家を持った体験を基にしているように思われる。番地からは1戸立てのようだが、作品ではマンションのように書いた。本より、韜晦は許される。「真金は/鉄のこと/鉄はきのうから わたしのもの/ちいさな前の橋//借りられて/支払いをすませ/彼のもの//強い箱がたの 波」などの部分が、先の想像を誘う。
 「梨の穴」は、H・Bとその伯父、飛田いね子とその兄、タレント(?)の関口知宏、3つの話が錯綜する。「映写機の雲」は、自分を投影するらしい「石川」と、二人の先輩を描く。「イリフ、ペトロフの火花」は、小ロシアの兄弟の若い死までを描く。現代詩作家の、小説や映画のように物語りたい、という欲求の表れのようである。
 「実視連星」は、難解である。エピゴーネンや批判に苦しんだ彼が、容易に読み解けない作品を書こうとしたかのようだ。あるいは恋人との語れないエピソードを基とするか。
 「編み笠」は、史実かフィクションか、韓国の大統領を射殺したシロク(仮名)の話と、編み笠の数人が東海道新幹線で美人の売り子に会う話を、メインに交錯する。これではエピゴーネンは現れないが、彼の詩はグループを成さず、単独であり続けるだろう。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 

 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、5番め「詩集<心理>から」6編を読む。
 先行する同「詩集『空中の茱萸』から」を読む、は先の9月24日の記事にアップした。

 

 「宝石の写真」は、秩父困民党事件(1884年、明治17年)の崩壊後の指導者の逃亡地(郵便番号付き地名あり)と、島崎藤村「夜明け前」のモデル・青山半蔵と、現代の縦笛を習う2女性の会話と行動とを、交えて描く。連分けで分けてないので、注意して読まないと、わからなくなる。「縦笛の練習/銃撃はきょうも続く」など、ストーリーのまじわる部分がある。

 「こどもの定期」は、「寒山拾得縁起」を書く森鴎外と、朝鮮からの国費留学生・李光洙と、都内OL・岩間宏子が「新・新小説」を定期購読する話と、3つが入り混じっている。

 「話」は、明治32年の尾崎紅葉の文学口演(日本最初の文学講演)を描く。参加者に現代詩作家が「冷えてゆけ 何もかも冷えてゆけ」と告げるのが何故かはわからない。

 彼の詩が明治時代に飛んだり、丸山真男の学究主義へ傾く(詩「心理」)のは、理由があるのだろう。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


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