風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。

生方たつゑ

 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、歌集「花鈿」を読み了える。
 前歌集
「虹ひとたび」は、今月18日の記事にアップした。
 歌集「花鈿」は、1973年、牧羊社・刊。井上靖・序文、「あとがき」を付す。
 1972年・刊の歌集「紋章の詩」に内容的には先行するらしく、全歌集では先に置かれている。
 序文で井上靖が「極北に立った鋭さを見せています。…生方さんを取りまく外界がすっかり構築され直した感じです。」と讃えている。「あとがき」で夫の2度の入院、古家が国指定重要文化財となった事などを書き、「私が、もはや、人生の結末への準備をしなければならない要求にせまられたのは嘘ではない。」と述べている。また「私個人としては、大きい『あらたまり』のこころにゆすぶられてよみあげたものであることを信じたい。」とも述べている。
 「虹ひとたび」の記事で僕が書いた、新しい地平、新しい歌境に入りつつある自信だろうか。
 以下に7首を引く。
絶えまなく噴き熄まぬもの化合(けがふ)して夏旺んなる千島火山帯
狐の嫁入りの民話を信じきたりたるわが少女期の甦るは五月
歪みたる瓶も鉱化せる石鹸も惨の証(あかし)してかなしきあさか(広島―爆心地―)
血のやうな赤きプラムの果汁吸ふ病めばやさしくなり合ふわれら(夫病めば)
花のマッス窓にかがやく晨(あした)にて体温ひくきしあはせ分つ
胎児のやうに跼む谷石をふむときに収斂はくる秋のこゑして
ひる暗き土蔵の中のてのひらに重し磨滅の踏絵を持てば
09
写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、歌集「虹ひとたび」を読み了える。
 前歌集
「春祷」は、今月9日の記事にアップした。
 歌集「虹ひとたび」は、1969年6月、角川書店・刊。
 題名は、川端康成の小説「虹いくたび」に因んでおり、本人の快諾を得た、と後書「をはりに」にある。
 この歌集は、7つの能に題材を採った連作群である。かつて歌集「火の系譜」の「火の系譜」3つの章で試みられたが、今回は7章286首の群作である。
 古代からの情念と、近代知性の乗り越えから、新しい地平が開けるだろうから、能を題材に短歌を成す事は好ましい。ただ記憶にあるのみだが、馬場あき子が能を題材とした連作より、情念が弱いようだ。経験と時代にも、拠るのだろうか。
 以下に7首を引く。
いちにんの思ひ遂ぐるさへよしなきにいづべの恋になびかむものぞ
決断をせざりし愛か破邪さへもなしがたくして苦しむわれは
母こひてをらむ切なさ騙されてゆきしひよわき子を思ふとき
鐘の内に身をかくすとも生霊の偏執祓ふ手だてはありや
豹変のわざもつものら栄えゐむ暴風雨が潮を捲ける南崖
あはれまれたくなき愛とおもひつめゆけば拮抗の硬き夜なり
暗きかがやきを知る傲慢か老いの日に孤(ひと)り屈葬のかたちに跼む
046
写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、歌集「春祷」を読み了える。
 前歌集
「鎮花祭」は、先の4月10日の記事にアップした。
 「春祷」は、1968年、新星書房・刊。
 後書「をはりに」で、「『定本生方たつゑ歌集』を出版したあと、急に私は短歌を発表しなくなった。…数多い作品は今までの歌集とはおもむきをかへて、書おろし短歌とよばれてよいものが含まれてゐる。…私は『休息のないひとり』のあゆみの重たさをしみじみと知った。」と書いた。
 前歌集「鎮花祭」に続いて、戦後前衛短歌から後退しているように見えながら、次の歌集「虹ひとたび」では能を題材に新しい作品を創っているので、期待を繋いで良い。
 この「春祷」には、氷見、化野、鳥取砂丘、谷川岳等の、旅行詠も多い。
 以下に7首を引く。
人をりて屋根に唄ひつつタール塗るすがすがとして飢ゑゐるまひる
ねむる禽の膨らみやさしあたたかく吾も膨らみて寝ねたし夜は
金銭のちからに人のうごきゆく世と嘆ききて買ふセロファン紙
梟がまひる見えざる目をあきて膨れし顔のやさしくうごく
かなしみにすり替へらるる血塊のやうに沈まむ陽に向くときに
奪はれてゆきたし北の潮荒れてさわさわと鳴る渚にをれば
日本海の雪に沿ひきて眠らむをあこがれとせり咎むるなかれ

 なお題名の「祷」の字は、正字より新字に替えてある。
034
写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。


 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、歌集「鎮花祭」を読み了える。
 前歌集
「北を指す」は、先の3月22日の記事にアップした。
 この歌集は、後記「あとに書きとどめて」が、「定本生方たつゑ歌集」(1966年、白玉書房・刊)のものである等から、その定本歌集に未刊歌集として収められ、直後に単行本化されたらしい。
 「嵐の中に立てよ」と教えた、作家・佐藤春夫を亡くし、(作家・井上靖より、定本歌集に序文を頂いたものの)、彼女は方途を失ったかに見える。
 内容の前衛性、形式の冒険性は身を潜める。しかし彼女はこのまま、下降線を辿る事はなく、昔の登山機関車のように一旦スイッチバックして、更に登り始めるのだろう。
 以下に7首を引く。
運命のやうに候鳥がかへりきて抱く幸よ孵すほかなし
犬の鎖またぎゆくとき目撃者なきにんげんの不安がきざす
雨にぬれてインクにじみし封書らよおほよそは生のかなしみ綴る
ふりむかれゆくことはなし生くさき鰈を買ひてさげゆくときも
青き魚鱗撒かれし土を跨ぎきぬ先生はきのふ地に消えしなり
炉を切りてあたたかき火によることも心やすけし山さびてゐて
をとめらが渚にながく跼みゐて囁き合へりやさしかるべし

チューリップ6 - コピー
Pixabayより、チューリップの1枚。



 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、第10歌集「北を指す」を読み了える。
 第9歌集
「海に立つ虹」は、今月10日の記事にアップした。
 原著は、1964年、白玉書房・刊。
 この作品には、自宅火災があり、出版直前に佐藤春夫が亡くなり(3度、序文を受けていた)序文を受けられず、挿絵を受けていた画家・小杉放庵も亡くなり(遺作を挿絵とした)、激変の中にあった。
 しかしそれらを潜り抜け、新しく進む思いが、後記「おわりに」にはある。1963年に、歌誌「浅紅」を創刊した。
 歌集の中に散見されて、睡眠薬を用いる苦しみがあったようだ。また愛情関係の表現に、やや甘い点が見受けられる。
 第1線の女性歌人の成果を挙げているのだけれど。
 以下に7首を引く。
うすき肩怒らせながら去りゆきし日が顕つ逆層の岩場をゆけば
咽喉刺すまで火煙うづまく古家よ憑かれて生きしことも敢なし
蒼ざめて常に充たされがたかりしわが過去よ重き家霊を負へば
君が秘密知るゆゑながく守りきて磁力のつよきかなしみもてり
過去のこと言ふこともなき君にして背を押しくるるかたきてのひら
燐光のもえゐるやうな星の位置定まりてたのし春ちかづけば
北方系の知恵切実にサイロなど構へてこもるこの冬の丘
クロッカス6 - コピー
Pixabayより、クロッカスの1枚。






↑このページのトップヘ