風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

短歌

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 先の9月29日の記事「贈られた2冊」で紹介した内、文学総誌「縄文」創刊号を読み了える。
概要
 2017年5月31日・刊。発行者「縄文の会」(代表)前川幸雄(号・華原)。B5判、2段組み、22ペ-ジ。
 寄稿者は、福井県内をおもに、全国より参加している。
感想
 <地域研究>「作曲家今川節と勝山とのつながりに迫る」M・惠子。
 しっかりした紹介である。しかし末尾近く「(文章は、平井英治氏の今川節作品鑑賞の手引きよりの抜粋引用です)」とあり、そうならば文頭でそう断るのが、読者への親切だろう。末尾に「実践報告の原稿にまとめたいと思っています。」とあるので、期待したい。
 <漢詩>「越前打刃物初打」Y・絹江。
 七言絶句である。訓み下し文、通釈文を付す。作者は、代表の漢詩講座受講生(福井カルチャーセンター)で、代表の目も通っているだろうから、韻、平仄は大丈夫だろう。刃物打ちの、モノクロ写真を添える。ビジュアル化の時代である。

 <詩>「奄美大島からの「タンカン」」前川幸雄。徹底したリアリズムの日常詩は、社会への抵抗詩となるだろう。
 <短歌>「老いを生きる」10首・I・コヨリ、「義母の思いで」8首・M・大次。「老いを生きる」にはぎこちなさがあり、「義母の思いで」には気負いがある。短歌の安楽と苦労を、知って行くだろう。
 <一般研究>「九州のカッパ」Y・信保(福岡)。文献渉猟も実地探査も多い、労作である。「カッパの手」と伝わるものなど、モノクロ写真を付す。
 <一般研究>「橘曙覧の短歌への白居易の作品の影響」前川幸雄。
 白居易の娘(幼くして亡くなった)を詠んだ詩・5編の原文、訓み下し文、通釈文を挙げる。橘曙覧の娘を亡くした時の2首(前詞付き)を挙げて、3つの類似性は、偶然の一致か、白居易の影響かは、見解の分かれるところとし、「皆様のご感想、ご意見をお伺いしたいと思います」と述べている。
 研究の基礎文献が整った事は、重要である。
 「縄文」誌の発展を願っている。


 

 昨日(5月16日、火曜日)の午前9時半、メンバー3人がある喫茶店の1隅に集まり、短歌研究会A第35回を持った。
 
同・第34回は、先の4月19日の記事にアップした。
 研究会Aは、各自の詠草の検討である。
 その前に綜合歌誌「歌壇」5月号を、僕がMさんに渡し(その後にTさんも読む)、僕が斡旋しTさんが購入したある歌集を、Mさんが読み了えて持って来ていたので、僕が借りた。
 検討は、Mさんの10首より。「風に揺蕩ふ」は、「風にたゆたふ」と平仮名が良いのではないか。「わが思ひ和ぐとばかりに…清しく咲けり」は、「和ぐ」が自動詞なので、他動詞「ほどく」に替えて、「白き花群」が思いをほどく、という文脈にした方が良いだろう。ある歌の4句目が「早苗田に悠然と」と大きな字余りなので「田に悠然と」で(前の句に「植ゑ終へし」とあるので)良いのではないか。等々を提案した。
 次いでTさんの9首。結句が「みんな優しい」と「皆がら優し」と2案あって、初句が「訪ねれば」と口語調なので、初めの案にする、とTさんも納得した。「畑の辺(はたのへ)の」を「畑隅に」に直そうかと自分で言い出したが、前の句に「来(きた)る」とあるので「畑隅に来た」の意になるので、僕は反対した。
 僕の8首。「手の首の」が「手首の」では字足らずなので無理をしたのだが、「手首」を電子辞書版広辞苑第6版で調べたら、「腕首」とも出ていたので、それに替えた。「今の腰痛も」は、Tさんが「この腰痛も」と7音に収まるよう直してくれた。ブログを巡る歌は、わかりにくいようだった。ある2句目の「うまくゆかざりし」を、Mさんが「不具合なりし」の7音に直してくれた。
 そのあと、僕の40首ほどの詠草を2人に読んでもらい、感想をもらった。
 次の研究会の日程を決め、11時近くに散会した。
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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。


 

 昨日(4月18日、火曜日)の午前9時半に、メンバー3人がある喫茶店に集まって、短歌研究会A第34回が持たれた。
 
同・第33回は、先の3月17日の記事にアップした。
 研究会Aは、各自の詠草の検討である。
 ここで述べておかねばならないが、僕は「コスモス短歌会」退会を決めており、そのせいか少し熱の入らない研究会となった。
 Mさんの詠草10首では、かな遣いの間違いが指摘され、しづかに→音なく、思ひ見よとぞ→われを見よとぞ、等が奨められた。
 Tさんの11首では、「敷く」が普通では他動詞だが、自動詞の場合もあるので、用法は妥当となった。「開きを作り」を僕がわからなかったので、彼女自身が「魚を捌き」に直した。「大銀杏は堂々と」は「公孫樹は堂々と」くらいが適切だろう、という話になった。
 僕の10首では、「パソコンの…肩は」の、パソコンの肩が、わからないと言われた。「腰砕け連想は悪い方へ」→「腰砕け 想いは悪い方へ」に直す事になった。「われには聞こゆ」が古いので、「われに聞こえる」に直す事になった。
 そのあと、僕の詠草50首余りを二人に見てもらった。また歌誌等の貸し借りがあった。
 僕はタブレットを持って行ったので、AmazonPhotoの写真を見てもらい、Kindle本を紹介した。
 僕の腰が悪いこともあり、次回の日を決め、いつもより早い10時40分頃に散会した。
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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



 昨日(3月16日、木曜日)の午前9時半、メンバー3人がある喫茶店に集まって、短歌研究会A第33回が持たれた。
 
同・第32回は、先の2月15日の記事にアップした。
 研究会Aは、各自の詠草の検討である。
 Tさんの10首では、「直に」を「ひたに」と読ませようとするが、「ただに」「じかに」とも読めるので、平仮名表記を奨めた。また「からし」を「芥子」と表記すると「けし」とも読めるので、「辛子」の表記を奨めた。表現が突出して読めても、作者の個性でもあるので、あまり直せない。
 Mさんの10首では、「歩まば」→「歩めば」の直しと、口語調の作品で、動詞をどう終止するかの問題が出た(例えば、「考ふ」「考ふる」「考へる」)。あとはほぼ、表現の問題である。
 僕の10首では、「子猫は可愛く」とあるが、子猫が可愛いのは当り前なので子猫の名前を入れたら、という進言に納得した。「液晶ティッシュ」の語を、わかって貰えなかった。
 表現は微妙だから、即席に直しを進言する事は難しい。
 あと、今期1ヶ月分の僕の50首程を二人に読んでもらい、感想をもらった。
 次回の研究会の日程を決め、11時に散会。外は晴れで、早春の爽やかさだった。
クロッカス1
Pixabayより、クロッカスの1枚。



 2月21日(火曜日)の朝9時半より、某喫茶店の一隅に、メンバー3人が集まり、短歌研究会B第12回を持った。
 
同・第11回は、先の1月27日の記事にアップした。
 研究会Bは、岩波文庫の「宮柊二歌集」の読み込みである。宮柊二は、戦前より、多く戦後に活躍した歌人で、結社歌誌「コスモス」の創刊者である。
 前回に続き、戦後を詠んだ初の歌集「小紺珠」より、64ページの「ぬかるみ」の章から入った。
 冒頭の1首の初句「たひらかに」を、僕は間違って思っていた。「平和に、平穏無事に」の意味だろうと、後に2人へメールした。結句「泥濘(ぬかるみ)のうへ」は、3句の「細道の」と4句の「今日終りなる」の、2つの句を受けている。
 65ページの「口細き秋刀魚を下げて」の歌は、生活感覚を取り戻したのだろう。
 66ページの2首めの、「をさな子がをりをり風に眼(まなこ)を瞑(つむ)る」は、微笑ましいと3人の感想が一致した。
 「工場南風」の節の、1首め、下の句「砂乾きゆく懐かしきまで」の「懐かしきまで」は、戦地・中国を思ってだろう、と推測した。
 「圧延の紅き鋼(はがね)のはしるときもつとも清き歎かひの場よ」の「歎かひ」とは何か。「破壊」の戦争のあと、「生産」の圧延鋼を見て、従軍の意義が歎かれると共に、「生産」への歎称でもあったのだろう。
 他の話もまじえ、67ページを終えて、11時に散会した。
梅2
Pixabayより、梅の1枚。



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