風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

短編小説集

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 江國香織の短編小説集、「号泣する準備はできていた」を読み了える。
 長く文庫本棚にあったのだが、題名に少し引いていた。
 彼女の小説は、先の9月8日の記事、
同「きらきらひかる」を読む、に次ぐ。
概要
 新潮文庫。2007年、10刷。233ページ。12編の短編小説を収める。
 この短編集に由り、2004年、直木賞を受賞した。
感想
 初めの2編、「前進、もしくは前進のように思われるもの」、「じゃこじゃこのビスケット」は、男女の心の擦れ違いから生まれる、カップルの違和感を描く。
 この短編集に登場する男女は、どうしてこう不倫をするのだろう。夫が、妻が、あるいは双方が不倫をしている。標題作「号泣する準備はできていた」では、別れて出て行った男が、「ときどきやってきて、またでていく」という状態だ。
 だから最後の「そこなう」で、不倫相手の男が離婚して、「これからはずっと一緒だから」と言っても、満足感を持てない。
 一夫一婦制に無理があるとか、性の解放だとか言っても、今の社会では無理だろう。登場人物は、フリーランスか中産階級で、そのような放恣があり得るのだろう。
 「きらきらひかる」でも、ホモの夫の睦月は医師、妻の笑子は翻訳家、の設定だった。




大和物語
 歌誌「歌壇」9月号の、佐田公子さんの評論に惹かれて、歌徳説話「大和物語」(朝日古典全書、南波浩・校註)をAmazonマーテットプレイスへ、8月27日に注文し、8月30日に届いた。
 同じ値段で2冊があり、第7刷というのに賭けた。初刷のもう1冊との優劣はわからない。
 宮廷貴族の間の話が主らしく、歌の鬼神をも動かす、あるいは短歌の自己救済の、徳の話ではなかった。

幸田玲 月曜日の夜に
 kindle unlimitedより、短編小説集「月曜日の夜に」を、8月28日にタブレットへダウンロードした。
 作者はインディーズ作家として、活躍中らしい。僕は小説はメジャーなものしか読まなかったが、短編恋愛小説集らしいので、試しに買った。

白石晴久 第四次
 ひょんな所から、白石晴久「第四次産業革命の底流」kindle unlimited版を、8月28日にタブレットへダウンロードした。
 情報産業に関心が、僕にもあって入手したが、読み了えられるかどうか。




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 今月5日の記事「届いた2冊」で報せた内、定道明さんの短編小説集「外出」を読み了える。
 なおリンクより、前の短編小説集「風を入れる」の紹介へ遡り得る。
概要
 「外出(がいしゅつ)」は、2018年2月1日、編集工房ノア・刊。帯、カバー、249ページ。9編の短編小説を収める。
 初出は、「青磁」(2編)、「イリプス」(5編)、「海鳴り」(1編)、書き下ろし1編である。
 彼は詩人、小説家、評論家であり、端整な詩を書き、Wikipediaの「中野重治」の項に、研究者として名前と著書が載っている。
感想
 冒頭の「川蟬色の記憶」は、夫婦連れで蟋蟀橋の紅葉を観に来た男性が、若い頃、わずかに好意を持ち合った女性(赤ん坊を背負っている)と出会い、名乗らぬままわずかに会話を交わす話である。その女性が幸福そうではないが、気に掛ける訳にも行かない、という心残りのまま常識的に振る舞って終わる。
 「落ちていた雀」では義父(妻の父)を、「Jの終り方」では交流のあったJ老人とその周囲の人への、対象人物の死後のオマージュである。それぞれの特性を捉えている

 「505号室」は、長く不和だった娘が、手術を受ける大病をし、「私」と和解する話のように思える。次の1節がある。「我に返った人々は納得して現実の生活に戻って行く。そしてそれから、幸も不幸もある。」 しかし納得できなかった人は、歌人・竹山広のように、長く長く内心の戦いを続ける。
 諸編で、一人での旅、妻との旅、思い出、故人へのオマージュ等、エピソードは行き来して、本筋に戻り決着が付けられる。
 書き下ろし「スパティフィラムの花」は、母親の葬儀の進行に従う。葬儀社の「沢田君」の手腕によって、「彼」に「…おふくろも安まると思うね」と言わせるほど、納得の葬儀だったとする。「彼」は50年かかって合理主義を身に付けたが、「世の中に学歴のない知恵者はいっぱいいた」と嘆く。
 了いの「能登路」は、妻と何度目かの能登再訪をし、過去の思い出が語られる。そして「彼」と親密でもなかった妻「梢」との、和解を予感させる場面で終わっている。


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