風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年2月20日で以って、Kindle本・短編小説「底流」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
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砂子屋書房

 2002年、砂子屋書房・刊の「葛原妙子全歌集」より、第6歌集、「葡萄木立」を読み了える。
 第5歌集「原牛」の感想は、先の3月15日の記事にアップした。



 原著は、1963年、白玉書房・刊。557首、著者・後記を収める。
 日中戦争が1937年に始まり、1939年に32歳で太田水穂「潮音」に入った葛原妙子にとり、戦後の富裕な生活の中で、平和に違和感を持っていたのだろう。先の「原牛」にも「異変に飢うる」の言葉がある。
 前衛短歌運動が、様々な手法的財産を遺しつつ、平和な時代に咲いた徒花のように思える。俵万智「サラダ記念日」に依って、戦後短歌より、現代短歌へ舵を切ったと、俵万智・以降に短歌を始めた僕は感じる。
 幻想、妄想の中に、罪の意識が垣間見えたりする。有名な「晩夏光おとろへし夕」の歌も、大胆な字足らずだけれども、厨歌である。中句欠の歌も、また詠まれている。60年安保に関わるらしい歌が、わずかにある。
 リアルな日常詠に好感を持つだけに、前衛短歌の奇異に走ったのは惜しい。


 以下に7首を引く。正字を新字に替えてある。
たれかいま眸を洗へる 夜の更に をとめごの黒き眸流れたり
口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
激突の叫喚は靄の中なるをあるものは人の耳に聴こえず
われはいま氷の墓原に出没す奇怪ならじか杳けし 人よ
硝子戸に嵐閃き髪洗ふわが専念はふかしぎならむ
統率はさびしからじかこども率
(ゐ)ておみなの教師路上を過ぎにき
鋭角の影置くかほにあらはるる苦渋ありありと冬の医師なりき
0-12
写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。





 砂子屋書房「葛原妙子全歌集」(2002年・刊)より、第5歌集「原牛」を読み了える。
 第4歌集「薔薇窓」の感想は、今年1月29日の記事にアップした。



 原著は、1959年、白玉書房・刊。室生犀星・序、500首、著者・あとがきを収める。
 医師を父として生まれ、医師に嫁ぎ、「ハイソサエティ、貴族的雰囲気」(岡井隆の栞の言葉)に暮らした。
 葛原妙子は、今の大学の国文科を出て、文学少女の成り上がった者だろうか。菱川善夫や塚本邦雄の、褒め上手に乗せられて。前衛を意識した詠みぶりは確かである。「たたへたる涙落ちざればらんらんとしてみひらくに似つ」の中句欠のような、冒険を重ねて。
 しかし彼女の成熟は、これ以降の歌集にあるようだ。


 以下に7首を引く。正字を新字に直した。
インク壺にインク充ちつつ 凍結のみづうみひびきてゐるも
寒き背後の床を走りたる灰色の目の猫の速度を
死神はてのひらに赤き球置きて人間と人間のあひを走れり
雉の鋭ごゑおこりくさむら戦ぎたりこころ異変に飢うるさびしき
心臓の標本一つある窓にぶだうの蔓の影ある時間
水辺の暗きに立ちをり身に負へる水の怨恨 草の怨恨
濃き蜜にわれをやしなふさんらんとわれは女蜂の翅を光らせ
0-92
写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。




 砂子屋書房「葛原妙子全歌集」(2002年・刊)より、第4歌集「薔薇窓」を読み了える。
 第3歌集「飛行」の感想は、今月11日の記事にアップした。



 歌集「薔薇窓」は、1978年、白玉書房・刊。1954年~1964年の307首が、他の歌集に遅れて単行された。

 僕の短歌観から言うと、ファンタジー(寺山修司を含む)を除き、想像の歌は意外と面白くない。「幻視の女王」などと、持て囃されたようだが。
 アクロバティックなまでの、句割れ、句跨りも、近代短歌、第2芸術論等から、脱け出すための藻掻きだったかも知れない。下句「過去はあると/ころに断たれき」など。
 ステレオの歌がある。当時はセパレート・ステレオ・セット、LPの時代だったろう。僕の記憶では、一般家庭に無かった。裕福でありながら、女性として、生活に満足できなかったのだろう。
 一方、家紋に美しさを見るなど、古風なところもある。
 「懲罰のごとく雪積み」の歌がある。積雪を観念語で比喩している。比喩などのレトリックは、心情を良く伝えるための手段だと、伝達論を未だに僕はほぼ信じているから、この比喩はわかりにくい。同じ歌に「氷の壺」という句があり、「~のような」があれば直喩、なければ暗喩という考えに、僕は疑問がある。
 後に挙げるけれども、「赤き手に砕く音する・・・」の秀歌がある。
 葛原妙子の歌集はまだまだ続き、僕は手探りで読んでいるので、どのような発展があるか知れない。


 以下に6首を引く。正字を新字に変えてある。
砂塵あがる街角にして幼子ら瞑目のやうなるまたたきをせり
寡婦となり給へる御目閃きて勁きをしづかに頼み申せる(師、太田水穂みまかりたまふ)
掃くことのうつくしきかも冬の庭真角(まかく)に掃くはすがしきろかも
あるひは砂礫に混り掃かれたる骨片のひとつわれかもしれず
フロントグラス陽を切り返す斎場の自動車(くるま)つぎつぎに向きを変へつつ
赤き手に砕く音する錐をもてにぶき氷を飛散せしめよ
0-50
写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。






 このブログは日刊の予定が、昨日は更新を休んだ。
 1昨日のKDPアカウント登録の記事に、記事でも紹介した海河童さんがコメントを下さった。それによると、印税に関して仕組みが変わり、1円から受け取れるという、ありがたい情報だった。

 砂子屋書房「葛原妙子全歌集」(2002年・刊)より、第3歌集「飛行」を読み了える。
 同・第2歌集「縄文」を読む、は昨年11月27日の記事にアップした。リンクより過去記事へ遡り得る。



 「飛行」は、1954年、白玉書房・刊。1953年を中心とした、336首を収める。装丁・近藤芳美。
 日本歌人クラブ会員、女人短歌会会員となり、五島美代子、森岡貞香、中井英夫らと交流した彼女は、先鋭的な歌風に向かう。生活は苦しくないながら、女性の苦しみがあったのだろう。
 しかし無駄な字余りの歌があり、自選したにしては美点のとくにない歌がある。1年で歌集を出すのは、早過ぎたのだろうか。
 歌集題は「飛行」と名付けられながら、飛び立って上昇して行く、試行期間のように思える。


 以下に7首を引く。正字を新字に直した。
夫の寡黙にがんじがらめとなるいまのいづかたにひらめき冬の花々
どの病室(へや)も花を愛せり人間のいのち希薄となりゆくときに
みづからをみづからの手であざむくにいかにか愉し化粧といふは
ときながくわれに潜めるもののかほしらざりしいまひしと見えくる
いちにんを倖(さきはひ)とせむたいそれし希ひをもてば暗き叢
鹽甕にいつぱいの鹽を充たすとて溢るるはなにのゆゑのなみだぞ
どの窓も傷口となるさん然と雪厚らなる街の照りいで
0-42
写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


 

 砂子屋書房「葛原妙子全歌集」(2002年・刊)より、第2歌集「縄文」を読み了える。
 第1歌集「橙黄」の感想は、先の9月12日の記事にアップした。



 歌集「縄文」の原著は、当時発行されず、1970年の三一書房「葛原妙子歌集」に、「未刊歌集」として加えられた。1950年~1952年の224首を収める。
 彼女の生活は恵まれていた。医師の妻となり、戦死した家族もなく(実母が没していた事を敗戦後に知る)、東京の家は焼けなかった。1939年4月より、太田水穂・四賀光子に師事したから、翼賛歌もあっただろうが、秘め通した。

 「縄文」には、句割れ・句跨り、字余り・字足らずの歌があり、叙述の歌があり、虚実の曖昧な歌がある。今の僕たちは、さして違和感がないが、アララギ流の「写生」「調べ」を信奉する歌壇に抗うには、相当の気力が必要だっただろう。戦後前衛短歌の出発へ、彼女の歌も向かう。


 以下に7首を引く。正字を新字に直してある。
貝の中に婦人の像を彫りこめし異国土産にくさり光れり
鴉のごとく老いし夫人が樹の間ゆくかのたたかひに生きのこりゐて
灯台長飼ひゐるあうむの饒舌は白きペンキの鎧戸の蔭
間余の錨 尺余の錨 砂に摺りひさげる町は魚臭に満ちぬ
たちまちに渦巻ける闇一本の蝋燭の燈をかざし入らむに
残照のしづむ群山みゆる窓おおほき肩掛を吊るしたり
わが十指くちばしとなる忙殺の時すぎしづかなる十二時は打つ

落葉(らくえふ)いまだ枯葉とならざれば眸茫々と黄(きい)の一庭
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



 

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 先の8月17日の記事、川野里子「葛原妙子」を読む、の末尾に書いた通り、砂子屋書房「葛原妙子全歌集」(2002年・刊)に読み入る。
 写真は、全歌集の箱の表である。多機能プリンタでスキャンできないので、久しぶりにデジカメの台形補正機能を使った。2つあるスタンド灯の内、1つが故障してしてしまったので、片側より照明の、拙い写真である。

 第1歌集「橙黄(とうおう)」は、1950年、長谷川書房・刊。495首、著者あとがき「終りに」を収める。
 約1年の疎開生活、戦後5年の東京生活(医師の妻として。家は焼失を免れた)より詠まれる。
 葛原妙子(くずはら・たえこ、1907年~1985年)は、戦前から太田水穂「潮音」に拠りながら、43歳での第1歌集だった。
 まだ難解な詠みぶりではなく、疎開の窮迫生活、敗戦後の急変ぶりを描いている。
 1949年の「女人短歌会」創立に参加するなど、新しい女歌を目指したようだ。


 以下に7首を引く。正字は、新字に直した。
八貫の炭負ひて立つわが足踏(あぶ)みたしかなるとき涙流れたり
わがまぶたうるみてあらめこの男の子十二の食のすでにたくまし
竹煮ぐさしらしら白き日を翻(かへ)す異変といふはかくしづけきか(そのあした)
しばしばも心をよぎる暗愚あり追ひつめゆかむことのおそろし
寡婦たちを支ふるさびしき歌のありつよく脆くきりきりとすさぶときよし
盛夏十五度けざむき朝を飲食(おんじき)のすすむと云はばはばかりあらめ
わがうたにわれの紋章のいまだあらずたそがれのごとくかなしみきたる



 今月2日の記事、届いた2冊(9)で報せた内、川野里子の短歌評釈「葛原妙子」を読み了える。
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 購入の経緯については、初めのリンク記事に述べたので、ご参照ください。
 笠間書院、コレクション日本歌人選070、2019年7月25日・刊。122ページ。
 歌誌「かりん」選者の川野里子(6冊の歌集あり)が、戦後・前衛派の歌人・葛原妙子の短歌50首を選んで評釈すると共に、略伝、略年譜、解説、読書案内(全歌集、参考書、等)を付す。

 1通り読んでみて、称賛のあまり、作者の意図・心情を越えたと思われる評釈がある。塚本邦雄の美化よりは、良いと思うけれども。
 生活短歌を詠む僕は、出来るかぎり、葛原妙子の短歌を生活に還元したい。

 これから砂子屋書房「葛原妙子全歌集」4,900首に突撃する予定だけれども、僕は切り抜けられるだろうか。川野里子のこの評釈本は、携えることなく、処分したい。



 

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