風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

筑摩書房

 筑摩書房の「ウンガレッティ全詩集」(河島英昭・訳、1988年・刊)より、詩集「散逸詩篇」を読み了える。
 先行する詩集「最後の日々」は、先の11月27日日の記事にアップした。




ウンガレッティ全詩集
 全詩集の函の表を再掲する。

 「散逸詩篇」は、1915年~1927年までに書かれながら、当時(1945年)までに詩集未収録の詩編を、デ・ロベルティスが纏め解説・異稿を付して、モンダドーリ社から刊行された。イタリアで最初の詩を発表してから、従軍、除隊、公務に就き、結婚、37歳に至るまでの小詩集(全詩集で25ページ)である。

 出身地・エジプトや若年時代の回想、レトリックを用い始めた習作詩編などである。年代と執筆場所を付記した詩も多い。

 このあと22ページに渉って晩年の詩論「詩の必要」が収められるが、自己弁護を出ないようなので、精読をしない。この後は訳注・年譜・解説である。これで全詩集1冊の仕舞いとしたい。


 筑摩書房の「ウンガレッティ全詩集」(河島英昭・訳、1988年・刊)より、詩集「最後の日々」(1919年)(フランス語詩篇)を読み了える。
 先行する「老人の手帳」の記事は、今月16日にアップした。


 「老人の手帳」は、年代順に最後の詩集であり、その後も亡くなるまで散発的に詩を発表したが、この全詩集には訳出されていない。

 「最後の日々」は初期フランス語詩集であり、フランスに留学(彼はエジプトから来たイタリア人である)後、1915年、第1次大戦に従軍し、塹壕の中で詩を書いた。
 「ギョーム・アポリネールに」以下数編では、青年詩人らしい感傷、ロマンチシズム、哀愁が読み取れる。「夏の夜」には、「花瓶と岩石とが砕けて火矢と火口に群れ飛ぶ/この暴虐に…」と戦闘を歌う。
 「黒の成就」は、シュールレアリスムの詩人、アンドレ・ブルトンに捧げられた。連作「ロマン・シネマ」6編は、エジプト時代の同級生で、パリの大学に共に通った親友、モハメッド・シェアブの自死を深く嘆いた作品である。
 このあとには「散逸詩篇」と、詩論「詩の必要」を収め、訳注・年譜・解説を付す。

4 (5)
写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 筑摩書房の「ウンガレッティ全詩集」(河島英昭・訳、1988年・刊)より、第6詩集「老人の手帳」を読み了える。
 第5詩集「叫び声と風景」は、今月8日の記事にアップした。




 「老人の手帳」は、1960年、モンダドーリ社・刊。J・ポーラン・序、L・ピッチョーニ・編。(1950ー60年)と題に付されている。
 「約束の地を求めて最後のコロス」は、27編の連作である。「日々は虚しい煙に過ぎないと。」「すべてが廃墟にすぎないことを。」「希望をすり減らすもの、それは希望だ、」等、とても虚無的になっている。
 過去への追憶ばかりを想い、未来を想わない生活は、虚しいだろう。
 「言葉を失った小曲」(1957年10月、ローマ)は、2編より成る。
 掉尾に対の2章「二重唱」を収める。「もはや何一つ彼の心から動かせないのか、//もはや何一つ彼の心から/追憶の苦い驚愕のほかには/擦り切れた肉体のなかでは?」と結ばれ未来がない。直訳調か和文調か、翻訳詩の語順という、どちらが理解されやすいか、スタイルの問題も問われる。

 この後に、「最後の日々」(1919年)(フランス語詩篇)と、「散逸詩篇」(1915年~1927年、未収録)、詩論「詩の必要」を残す。

4 (2)
写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 筑摩書房の「ウンガレッティ全詩集」(河島英昭・訳、1988年・刊)より、第5詩集「叫び声と風景」(1939―52年)を読み了える。
 第4詩集「約束の地」は、先の10月27日の記事にアップした。



 「叫び声と風景」の初めの長詩「独白」は、戦争から解放された詩人の喜びのようだ。「早くも命の気配が甦る、」「二月の色、希望の色だ」のフレーズがある。ただし錯乱に似せて歌われているので、意味の筋は追いにくい。
 2編めの「おまえは叫んでいた、苦しいと……」は、9歳で亡くなった長男を悼む作品である。第3詩集「悲しみ」の17連作「来る日も来る日も」でも歌われたが、年月を重ねて深みを増している。
 散文詩「気晴らし」3部作は、ギリシア詞華集にお気に入りの定型を見つける過程を描くようだ。その成果か「韻律の習作」「意味を追って」がある。
 3編の短詩「飛んでいた」(1933年)、「後ろには」(1933年)、「跳びはねている」(1952年)は、異都での発想で、主にのどかな景色である。
 以上で紹介した詩がすべてで、短めの詩集である。
3 (2)
写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 筑摩書房の「ウンガレッティ全詩集」(河島英昭・訳)より、第4詩集「約束の地」を読み了える。
 第3詩集「悲しみ」は、今月16日の記事にアップした。



 詩集「約束の地」の題には、(1935年―53年)と付されている。
 全詩集版で23ページの、これまでとは薄い詩集である。
 中心となる「ディードーの心のうちを描いたコロス」は、19章より成る。ディードーはウエルギリウスの古代ギリシャ悲劇「アエネーイス」のカルタゴの女王で、トロイアの英雄・アエネーイスに見放されて、自死を選んだ。コロスは古代ギリシャ劇の、後方で歌う合唱隊である。
 この詩集の原書には自注と解説が付いており、この本では自注が訳出されている。
 第2次大戦下イタリアの、理性的な真実が幕を閉じてゆく様を、難解な(自由な)修辞(レトリック)で描いて、政権にも大衆にも、わからない作品だっただろう。戦後も兵士たちを悪の死とは、決めつけられず、嘆くかのようである。

2 (3)
写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 筑摩書房「ウンガレッティ全詩集」(河島英昭・訳、1988年・刊)より、第3詩集「悲しみ」を読み了える。
 第2詩集「時の感覚」は、今月4日の記事にアップした。



 第1詩集「喜び」(喜びの詩編ばかりではなかったようだが)とは、対照的な「悲しみ」の題名である。(1937年ー46年)と付されている。
 幼年時代との別れ、兄の死を歌ったあと、9歳で病没した長男(1939年。1936年~1942年、サンパウロ大学の教授だった)を悼む17編の連作が続く。
 ファシスト政権下でも、苦しみながら(ウンガレッティは苦しむ詩人だった)詩作を続け、「おまえは砕け散った」の3連作、キリスト教への信と不信を含む「占領下ローマ」(1943ー44年)の詩編へ至る。
 1945年のファシスト政権崩壊後、1942年に政権によってローマ大学教授に任命されていたウンガレッティは責任を問われ、1947年に作家協会を追放されたが、大学教授は危うくも留任が決まった。
1 (5)
写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


 河島英昭・訳「ウンガレッティ全詩集」(1988年、筑摩書房・刊)より、第2詩集「時の感覚」を読み了える。
 第1詩集「喜び」は、先の9月23日の記事にアップした。



 「時の感覚」は、1933年・刊。年譜を見ると、1922年にファシストのローマ進軍があり、1923年の新版「埋もれた港」(選詩集らしい。「時の感覚」初期詩編を含む)に、ムッソリーニの序文を得ている。
 「時の感覚」には、生きづらさに関わる、性や信仰をテーマとした作品が多いようだ。失われた青春を嘆き、帰還した戦後の思い、妻を得た喜びの詩編が、感興を引く。1行詩も、2編だか含まれる。
 127ページ~246ページに渉る、120ページの大冊であり、多くの短詩を含み、詩編の数は多い。
 ウンガレッティが尊敬したという、ヴァレリー、ミケランジェロを、僕は好まない。
1 (2)
写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。


↑このページのトップヘ