風の庫

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翻訳

パヴェーゼ「流刑」
 パヴェーゼ(イタリアの作家、1908年~1950年)の小説、「流刑」(岩波文庫、2012年2月16日・刊)を読み了える。
 旧ブログ「サスケの本棚」で調べると(管理画面でのみ検索可能)、2012年2月22日の記事に購入を挙げてある。
 他に岩波文庫「故郷」(2003年6月13日・刊)と、集英社版・世界の文学14「パヴェーゼ」(1976年5月20日・刊、「流刑地」を含め、「美しい夏」、「月とかがり火」、他を収める)を持っている。
 2012年・当時、岩波書店書店より「パヴェーゼ文学集成」(全6巻)が刊行されていた。
 パヴェーゼの作品を読むのは、今回が初めてである。
概要
 「流刑」は、パヴェーゼの第1長編小説である。
 反ファシズム運動に関わり、イタリア南部の海岸の村に流刑(流謫)となった、現実には7ヶ月ほどの小屋暮らしを描いている。
 村人は警戒しつつ優しく、恋人を得る幸運もあった。
 戦後、パヴェーゼは詩人・作家として活躍したが、1950年、42歳の若さで自殺してしまった。僕は原因を知らない。
感想

 1970年前後、パヴェーゼは学生の間に人気があった。
 ある先輩は、「僕たちもパヴェーゼやポール・ニザンを読むようになるのか」と、嘆くように語ったものだ。
 訳者・河島英昭は、イタリア文学の名翻訳者で、「ウンガレッティ全詩集」、「クァジーモド全詩集」(いずれも筑摩書房・刊、未読)等の翻訳もある。
 関係詞につながる長文、詩的な表現もそのまま、翻訳されている。
 「流刑」を読み了えて、今の自分が流刑に遭っているような気がする。次男ながら、出身地の町に住み、軟禁されてはいない。しかし40年の囚役(ほとんど肉体労働だった)からは解放されたが、日中は一人でいる事が多く、毎日のように文学を語り合う友はいない。応接室を訪れる友も今はいない。
 会合で文学の友と語り、ネットで交流を続けるのみである。
 この流刑のような生活にも、職をリタイアした身は、慣れてきたようだ。




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 前川幸雄・詩集「弐楽半のうた」を読み了える。9月29日の記事「贈られた2冊」で紹介した、前川さんよりの2冊のうちの1冊である。
概要
 2017年9月、土曜美術社出版販売・刊。165ページ。
 前川幸雄(まえがわ・ゆきお、1937年~)さんは、国学院大学博士課程卒業後、工専講師時代に中国・西安外国語学院・他に留学し、上越教育大学・福井大学・仁愛大学で教授として、国語・中国語・漢文学を教えた。現在はカルチャーセンターの講師を務めている。 
 彼は、詩作(これまでに6冊の詩集)の他、現代中国詩の邦訳の先達として熱心で、これまでに5冊の翻訳詩集を出版している。他に翻訳小説集、漢詩を中心とした研究書がある。
感想
 5枚の日本画をめぐる4編の詩は、絵の鑑賞を越えて、思想を汲み取ろうとしている。
 「友情風景」9編では、友人、生徒、中国の詩人との友情を描く。
 また「先師追憶」5編では先達の師との出会いを描く。
 学問の、中国詩人の、知友の多い人である。
 橘曙覧になりかわった、「橘曙覧さんからの言伝て」なども面白い。
 詩と研究と教育に生涯を捧げて、傘寿を迎えようとする、幸福な学徒である。



 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年・2刷)より、「韓国現代詩選」(1990年・花神社・刊)の、最終、4回めの紹介をする。
 
同・(3)は、先の1月11日の記事にアップした。
 今回は、黄東奎(ファンドンギュ)の4編、呉圭原(オギュウォン)の4編、崔華國(チェファグク)の4編、いずれも詩集初出を読みおえた。
 黄東奎の「小型百済佛像」では、「彼らはどこへ行くのか/どこに そしてわれわれは?/あなたはほほえむ/微笑 劇薬瓶の指示文を読みとるように/私はあなたの微笑を覗きこむ」と、社会の暗い部分も見て来た小仏像の心を思い遣る。
 呉圭原の「突然 間違って生きているという思いが」では、「どうせ間違って生きたのなら ひきつづき間違って生きる方法も方法であるよと/悪魔のような夜がわたしをたぶらかす」と締めて、詩人らしからぬ、1部の人の生き方を示している。
 崔華國は在日50年にわたる(当時)詩人であるが、第1詩集はハングルで書かれた。「美しき仇(ウォンス)」では、韓国の気象情報のラジオを聴いて、「美しき仇 ソウルの娘っ子よ//波立つ一すじの海峡を越えて/凶悪な老虎の乾ききった狂気のさまに/…」と、鋭い懐郷の思いを述べる。
 前回で、選ぶ詩人、作品に偏りがあると書いたが、彼女の詩人紹介では「モダニズム」、僕にはシュールリアリズムと取れる作品も翻訳していて、前言を撤回する。シュールリアリズムは、産業社会の狂気を表わしている。
 ただしこの詩集の「あとがき」で訳者は、「独断や偏見を恐れずに、一九八〇年代の、それぞれタイプの異なる、自分の気に入った詩だけを集めてみたいと。…すぐれた詩人でも、…すれちがってしまったということも多いに違いない」と、率直に述べている。
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「写真AC」より、焚き火の1枚。


 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)の、「韓国現代詩選」(1990年、花神社・刊)より、3回めの紹介をする。
 今月5日の記事、
同(2)に次ぐ。
 今回は、河鐘五(ハジョンオ)の4編、黄明杰(ファンミョンゴル)の4編、金汝貞(キムヨジョン)の4編を、読みおえた。
 河鐘五の「屋台」は屋台の飲み屋を引く中年夫婦を、「ミドリマチ」では遊郭で苦しむ小娘を、描いて哀れだが、原詩集の出版時期にも拠るのか、既視感がある。「忘憂里で暮らしながら」では、父親と子(5歳)の会話があって、ようやくサラリーマン家庭を思わせるが、後半で強引に朝鮮統一の願いに向かう。
 金汝貞の「水鶏のことば」では、「くいなは/いろんな思い いろんな感覚 すべて/…/「トゥムプ トゥムプ」 きれいな鳴き声」と謳って、詩の原点を思わせる。「いのちの芯」では、「愛の病気を骨髄に封じ込めて/…/なんて悪性のはやりやまい/それでも女たちは争ってその病気を患ったのね/その病気の芯が/いのちの芯でもあったのだから」と謳い上げる。自分の達成や成功、つまり自己実現を男に託したのなら、哀れな話である。
 訳者の性格に拠るのだろうが、翻訳する詩人、詩に偏りがあるようだ。焚き火1
「写真AC」より、焚き火の1枚。


 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、彼女が翻訳した「韓国現代詩選」の1回めの紹介をする。
 今月14日の
記事(←リンクしてあり)、「『スクラップブック』から」(3)に次ぐ。
 原著は、1990年、花神社・刊。
 年譜に拠ると、彼女は1976年(50歳)より朝鮮語を習い始め、1987年から3年間、季刊詩誌「花神」に韓国現代詩の翻訳を連載し、それらを中心に62編(詩集・約50冊から)を、まとめて刊行した。翌1991年、読売文学賞を受賞した。
 「あとがき」には、「隣国のひとびとの詩を好むこと尋常ならず」「ベストセラーになる詩集も多く、三十万部くらいは軽くいってしまうらしい」と嘆賞している。
 今回は、姜恩喬(カンウンギョ)の4編、金芝河(キムジハ)の5編、趙炳華(チョウビョンファ)の12編(おもに短詩)を読んだ。
 韓国は、大衆運動によって、政権を倒せる国だ。国民が幾ら頑張っても駄目な日本とは違う。芸術、囲碁、スポーツ等に対する、思い入れも違うのだろう。
 姜恩喬の「林」での、次々と木が揺れる様も、そのような心理を表わしているように思える。
 金芝河の「五賊」「蜚語」(僕は読んでいない)を、彼女は高く評価しない。「綱わたり」の末部を紹介する。「…見物衆はなろうなら/酷薄無惨がよござんすよ/生きる道なんざとっくの昔に封じられ/撲殺 血へど 何でもござれ 笑わせなくちゃ そうともよ/死とはすばらしいもの/たった一回こっきりの筈だから」。
 訳した詩人の末毎に、短い紹介が載っており、趙炳華は詩集「ルバイヤート」を想わせるが、はるかに暖かいと感じる、と述べられる。「共存の理由 12」の末連3行から。「別れがきたら/忘れることができる程度に/握手しよう」。
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フリー素材サイト「Pixabay」より、暖炉の1枚。


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