風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

講談社文庫

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 川上未映子の長編小説「ヘヴン」を読み了える。
 入手は先の9月21日の記事、
「頂いた本など9冊より(2)5冊」の、5冊目にアップした。
 9月18日の記事、「乳と卵」の感想に次ぐ。
概要
 講談社文庫。2017年・9刷。311ページ。
 初出は「群像」2009年8月号。単行本は、2009年9月、講談社・刊。
感想
 苛められる中学生「僕」と「コジマ」(女子生徒)の友情の物語である。苛める側の「二ノ宮」の凄惨さ、傍観者的に取り巻く知性派「百瀬」の無力さ、が描かれる。
 嬉しい時のドーパミン「うれぱみん」、悲しい時の「かなぱみん」、苦しい時の「くるぱみん」の造語が哀切である。
 「コジマ」は「苛められる」事をどんどん理論武装化し、遂には狂気に近くなる。「僕」は斜視の手術を受けて成功し、12月の木の葉の美しさを描いて巻末となる。「コジマ」はどうなるか。ある人は「人は一人一人、苦境から抜け出すしかないんだ。」と述べていた。夫婦の間は別として、と僕は思う。「コジマ」も機会を掴んで、苦境を脱け出るだろう。
 作家について。このように美しい純粋なストーリーを描ける娘さんが、今後どのようになるのだろうと不安を抱かせる。しかし、したたかに書き続けるだろう。


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 今日2回目の記事更新です。
 Amazonに注文していたカード・ケースが、昨日(9月21日)に届きました。
 Liverty-Z・販売、30枚入り、インデックス・カード3枚付き、1,280円。ブルー、輪紐閉じ式。
 財布にカード入れが3ヶ所あるのですが、一杯で見っともないので、カード入れを探していました。類似品もあるようです。
 ベルト留め金式は、丈夫で便利そうですが、20枚入りしかありません。
 上の先(左)の写真は、カード20余枚を入れ、撮影のため見開きにインデックス・カードを入れたところです。後(右)の写真は、輪紐で閉じたところです。「EXTRA CARD BOOK」の刻印(?)があります。
 財布は薄くなりましたが、このカード・ケースをどう持ち運ぶか、それが問題です。

すべて真夜中の恋人たち
 今日(9月22日)、講談社文庫の川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」が届きました。
 メルカリで350円(税込み、送料・込み)でした。帯付き、元・栞付きの良品でした。
 
今月21日に紹介した、講談社文庫の「ヘヴン」に次ぐ本です。
 1作家の3作品は読まないと、評価できないと思います。
 なお帯文に太田光「もはや言葉の芸術」とありますが、文学は言葉の芸術の筈です。




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 石田衣良の小説「東京DOLL」を読み了える。
 彼の小説の記事アップは、昨年4月13日の
「少年計数機」以来である。
 表紙写真の鮮明度の差は、台形補正カメラより、多機能プリンタのスキャンに替えたからだ。
概要
 石田衣良(いしだ・いら)は、1960年、東京・生まれ。
 1997年、「池袋ウエストゲートパーク」でデビュー。エッジの効いた文体とストーリーで知られる。
 10冊以上の「IWGP(池袋ウエストゲートパーク)」シリーズ、他がある。

 僕の読んだ「東京DOLL」は、講談社文庫、2007年8月10日・刊。279ページ。定価:495円(税別)。
感想
 MG(マスター・オブ・ゲーム)と呼ばれるゲームソフト制作者・相良と婚約者・裕香、新作ゲームのモデル・ヨリと恋人・ヨシトシの物語である。
 大都会の、暴力、性、サクセスの物語でもある。
 MGとヨリが惹かれ合い、裕香とヨシトシは捨てられる。庶民的な愛情を捨てながら、成功に向かう2人と、大企業の工作が描かれる。
 もう僕は、大都会にもサクセス・ストーリーにも、殆んど惹かれないけれども。


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 大江健三郎の小説「水死」を読みおえる。
 講談社文庫、2012年・1刷。
 年老いて根気がなくなり、長編小説や難しい評論は読めないと書きながら(「サスケの本棚」などで)、文庫本で536ページの小説を読んでしまった。
 この小説の文体は、難しくない。大江の文章の呼吸といったものに慣れれば。
 内容が、何を言いたいのかわからない、とある喫茶店のママも嘆いたが、大江の大きなエモーションを感じるだけで良い。
 特殊な私小説だから、筋立てには、好都合が多く起きる。
 電話・対話の会話体、書簡・日誌の文章体が、自在に挟まれる。
 そして女優のヒロインが再び犯され、公演が中止になる、意外なアンチ・クライマックス。
 作家は、予定調和を(自身にも)信じていないようだ。

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