風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

青魚

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 今月12日の記事、入手した2冊(6)で紹介した内、同人詩誌「青魚」No.90を、ほぼ読み了える。
 リンクより、過去号の記事へ遡れる。
概要
 2019年6月5日、鯖江詩の会・刊。B5判、2段組み。詩誌名の「青魚」は、「鯖」の字を分解したものである。
 12名21編の詩、5名6編の散文、千葉晃弘・詩集「降誕」への手紙12通を掲載する。
感想

 僕のソネット6編は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の「「青魚」の詩」テーマ内、6月11日の記事、「ソネット「変換(2)」」より順次アップ中なので、横書きながらご覧ください。
 T・幸男さんの4編(ペン書き稿を縮尺掲載したもの)は、長く連れ添った夫人を亡くされ、「居残り鴨」と自虐気味である。それでもラテン語等のルビを振った哲学用語を交えての、社会批判は健在である。たとえば「人生の嫌悪(ウエイタエ)」(ボードレール)、「俗化した現実(ゲーゲンブァルト)」、「総駆り立て体勢(ゲシュテル)」、「軍歌(ソング)」等。
 A・雨子さんの散文「私の母」は、エッセイでも小説でもない、リポート風で8ページに渉る。彼女が母を中心に家族を描いた散文は、何度か読んでいる。それらが事実であるとの保証はない。「私的真実」である事は確かだと信じられる。



 最近に入手した、同人詩誌と短編小説集を紹介する。
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 まず僕が属する同人誌誌、「青魚」No.90である。
 同・No.89の感想は、昨年11月21日の記事にアップした。リンクより、過去号へ遡れる。

 同・No.90は、6月8日の文学講座のおり、千葉(兄)さんより、僕が発送の分を含めて、10冊を受け取った。
 B5判、1ページ2段組み、42ページ。
 2019年6月5日、鯖江詩の会・刊。
 僕は6編のソネットを寄せた。内容は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の6月11日の記事、変換(2)より、毎日1編ずつ順次アップしてゆくので、横書きながら是非ご覧ください。

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 次に川上未映子の短編小説集「愛の夢とか」を、メルカリで買った。
 エッセイ本「きみは赤ちゃん」を除いて、彼女の小説は、昨年10月31日の記事、すべて真夜中の恋人たち以来である。リンクより、彼女の過去記事へ遡れる。
 彼女の小説にあまり期待していないのだが、メルカリで見つけると引きずられるように買ってしまう。進展があるかと、期待を持っているのだろうか。


歌集 朝涼
 今月2日(土曜日)に、丹波真人さんの第4歌集、「朝涼」が届いた。
 丹波真人さんは、僕が短歌結社「コスモス」、結社内同人歌誌「棧橋」に属していた頃の、大先輩である。「棧橋」批評会後の宴会で、おおいに談じた思い出がある。
 第3歌集「花顔」の拙い寸評を、前のブログ「サスケの本棚」の、2008年12月9日の
記事にアップしている。
 歌集「朝涼」は、2018年4月30日、ながらみ書房・刊。1ページ2首組み、319ページ。
 丹波さんも、小さなご縁をよく覚えていてくださったものだ。

詩誌 青魚No.88
 鯖江市を中心とする同人詩誌、「青魚」No.88が、今月4日(月曜日)に届いた。
 2018年6月4日、鯖江詩の会・刊。B5判、32ページ。
 先号の感想は、昨年11月3日の記事
「同・No.87を読む」にアップした。
 僕が今号に寄せたソネット4編は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の6月5日の記事、
ソネット「消えたランボー」以降、4日にわたってアップするので、横書きながら是非ご覧ください。


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 4月23日の、福井県詩人懇話会・総会のおり、T・晃弘さんから僕も所属する同人詩誌「青魚」の、No.86を渡されて、先日にほぼ読み了えた。
 
同・No.85は、昨年11月11日の記事で、取り上げている。
 B5判、2段組み。今号は2017年4月22日・刊、38ページ。
 僕は8編のソネット(14行詩、韻は踏んでいない)を寄せており、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、
4月25日の記事より毎日1編ずつアップしているので、ご覧いただきたい。
 今号で僕が最も惹かれたのは、K・和夫さんの「海辺の町で」である。途中からであり、また長くなるが、以下に引いてみたい。

言葉も思いも
希薄になってゆく

この空虚さはなんだろう
言葉がその意味を失くし
浮遊している

この街では
人々の息づかいが聞こえない

何とでも言える
大声で言えばいいんだ
そして

さめざめとした気配
この空虚さはなんだろう

 政治家の憲法解釈や、言いたい放題が、言葉の世界を、言葉の芸術の文学を、半意図的に空虚化しようとしている。言葉に拘るなら、今は文学の時代ではないのだろう。ただ人心に拘り、わずかに文学を続け得る時代だ。
 「青魚」には長文の評論が載って、詩誌を下支えしている。


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 同人詩誌「青魚(せいぎょ)」No.85(2016年10月30日・刊)を、ほぼ読みおえる。
 同号が届いた事は、11月2日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 また同・記事のリンクより、僕のソネット8編のうち7編を、1日1編ずつ連載した。
 T・幸男さんの「ドヂの独白・うつつの鳥瞰」の前半は、「詩集ふくい2016」に既に寄せている。
 入院生活を皮肉に比喩で描きながら、世への怒りを訴える。また後半も含め、哲学原語を用いながら、原発など俗世への反発を強めている。
 M・幸雄さんの「詩人懇話会会報九十二号に触発されての随想」では、会報の自分の記事の誤植、Kさんへの3つの批判、蔵書の各種辞典、などを述べた(2段5ページ)。
 また評論としてK・久璋さんが「杉本直『馬』連作とネオリアリズムの潮流」(2段6ページ)、A・雨子さんが「詩の小ささ」(2段2ページ半)を寄せている。
 同誌の方針として「来る者拒まず、去る者追わず」らしいので、多彩なメンバーが詩と散文を寄稿した。

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 僕が参加している同人詩誌、「青魚」のNo.85が出来上がり、発送担当分を含めて、10冊が送られて来た。
 B5判、2段組、40ページ。執筆者18名。
 2016年10月31日、鯖江詩の会・刊。
 判が大きく、2段組なので、収載容量が大きく、詩、エッセイ、本格的研究、など多彩である。
 全体を読みおえたなら、再びここで紹介したい。
 なお僕は、ソネット形式の詩、8編を寄せている。「詩集ふくい2016」にも載せた「住所印を洗う」を除く7編を、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、11月1日の
記事(←リンクしてあり)以降、1日1編ずつ紹介してゆく予定なので、横書きながらご覧ください。

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