三浦哲郎の短編小説集「盆土産と十七の短編」を読み了える。
手許の実物には、帯がある。
入手は、今月5日の記事、届いた4冊を紹介する(5)の末尾で報せた。
その4冊の内、渡辺茂子「アネモネの風」以外は読んでいる。
「盆土産と十七の短編」は、中公文庫、2020年・再版。
「盆土産」は、父親(母親は亡くなっている)の出稼ぎの土産、海老フライを初めて食べる姉弟と、祖母の物語である。「金色の朝」は、少年が弟妹たちに気取って言う科白、「朝の雨と…女の腕まくりは、ちっともこわくねえ。」(差別があったら済みません)が印象的である。この2編は既読なので、文庫本が既読なのかと思ったが、国語教科書に載った短編小説を集めた、オリジナル・アンソロジーとの事。
「私の木刀奇譚」(永井荷風の「墨東奇譚」に掛けてある)、「猫背の小指」「ジャスミンと恋文」「汁粉に酔うの記」「方言について」「春は夜汽車の窓から」7編は私小説風で、現在の安定した境地(三浦哲郎の若い時の家族の宿命を、ようやく克服した、重要な意味を持つ)を思わせる。
「おおるり」(「石段」を除く)「睡蓮」「星夜」は、死の絡む話である。「ロボット」は少年が死に、「鳥寄せ」では出稼ぎがうまくゆかなかった父親が、郷里の裏山で枝に首を吊る。「メリー・ゴー・ラウンド」も、父娘の(母は亡くなっている)心中未遂を描く。未来ある中学生・高校生に、こういう暗い話を読ませたくない。PTA的になるのではないけれど、努力の物語、苦難を越える物語を、読んでほしい。
「とんかつ」は禅寺の雲水になった少年の1年の成長を、「じねんじょ」は四十を越えた小桃が、初めて実父に会う物語を描く。父親が「怨みでもあらば、なんでも喋れや」の科白が良い。しかし少年少女に、積極的に薦めたいストーリーではない。作者の責任ではないけれども。
久しぶりに三浦哲郎の短編小説集を読んで、僕は満足している。

「北潟湖畔花菖蒲園」より、「沖の白帆」の1枚。


手許の実物には、帯がある。
入手は、今月5日の記事、届いた4冊を紹介する(5)の末尾で報せた。
その4冊の内、渡辺茂子「アネモネの風」以外は読んでいる。
「盆土産と十七の短編」は、中公文庫、2020年・再版。
「盆土産」は、父親(母親は亡くなっている)の出稼ぎの土産、海老フライを初めて食べる姉弟と、祖母の物語である。「金色の朝」は、少年が弟妹たちに気取って言う科白、「朝の雨と…女の腕まくりは、ちっともこわくねえ。」(差別があったら済みません)が印象的である。この2編は既読なので、文庫本が既読なのかと思ったが、国語教科書に載った短編小説を集めた、オリジナル・アンソロジーとの事。
「私の木刀奇譚」(永井荷風の「墨東奇譚」に掛けてある)、「猫背の小指」「ジャスミンと恋文」「汁粉に酔うの記」「方言について」「春は夜汽車の窓から」7編は私小説風で、現在の安定した境地(三浦哲郎の若い時の家族の宿命を、ようやく克服した、重要な意味を持つ)を思わせる。
「おおるり」(「石段」を除く)「睡蓮」「星夜」は、死の絡む話である。「ロボット」は少年が死に、「鳥寄せ」では出稼ぎがうまくゆかなかった父親が、郷里の裏山で枝に首を吊る。「メリー・ゴー・ラウンド」も、父娘の(母は亡くなっている)心中未遂を描く。未来ある中学生・高校生に、こういう暗い話を読ませたくない。PTA的になるのではないけれど、努力の物語、苦難を越える物語を、読んでほしい。
「とんかつ」は禅寺の雲水になった少年の1年の成長を、「じねんじょ」は四十を越えた小桃が、初めて実父に会う物語を描く。父親が「怨みでもあらば、なんでも喋れや」の科白が良い。しかし少年少女に、積極的に薦めたいストーリーではない。作者の責任ではないけれども。
久しぶりに三浦哲郎の短編小説集を読んで、僕は満足している。

「北潟湖畔花菖蒲園」より、「沖の白帆」の1枚。


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