風の庫

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安定

 三浦哲郎の短編小説集「盆土産と十七の短編」を読み了える。
盆土産と十七の短篇 (中公文庫)
三浦 哲郎
中央公論新社
2020-06-24

 手許の実物には、帯がある。

 入手は、今月5日の記事、届いた4冊を紹介する(5)の末尾で報せた。

 その4冊の内、渡辺茂子「アネモネの風」以外は読んでいる。

 「盆土産と十七の短編」は、中公文庫、2020年・再版。
 「盆土産」は、父親(母親は亡くなっている)の出稼ぎの土産、海老フライを初めて食べる姉弟と、祖母の物語である。「金色の朝」は、少年が弟妹たちに気取って言う科白、「朝の雨と…女の腕まくりは、ちっともこわくねえ。」(差別があったら済みません)が印象的である。この2編は既読なので、文庫本が既読なのかと思ったが、国語教科書に載った短編小説を集めた、オリジナル・アンソロジーとの事。
 「私の木刀奇譚」(永井荷風の「墨東奇譚」に掛けてある)、「猫背の小指」「ジャスミンと恋文」「汁粉に酔うの記」「方言について」「春は夜汽車の窓から」7編は私小説風で、現在の安定した境地(三浦哲郎の若い時の家族の宿命を、ようやく克服した、重要な意味を持つ)を思わせる。
 「おおるり」(「石段」を除く)「睡蓮」「星夜」は、死の絡む話である。「ロボット」は少年が死に、「鳥寄せ」では出稼ぎがうまくゆかなかった父親が、郷里の裏山で枝に首を吊る。「メリー・ゴー・ラウンド」も、父娘の(母は亡くなっている)心中未遂を描く。未来ある中学生・高校生に、こういう暗い話を読ませたくない。PTA的になるのではないけれど、努力の物語、苦難を越える物語を、読んでほしい。
 「とんかつ」は禅寺の雲水になった少年の1年の成長を、「じねんじょ」は四十を越えた小桃が、初めて実父に会う物語を描く。父親が「怨みでもあらば、なんでも喋れや」の科白が良い。しかし少年少女に、積極的に薦めたいストーリーではない。作者の責任ではないけれども。
 久しぶりに三浦哲郎の短編小説集を読んで、僕は満足している。

沖の白帆
 「北潟湖畔花菖蒲園」より、「沖の白帆」の1枚。



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 沖積舎「梅崎春生全集」第3巻(1984年・刊)より、6回め、しまいの紹介をする。
 同(5)は、先の7月19日の記事にアップした。リンクより、過去記事へ遡れる。

 今回は、「十一郎会事件」、「紫陽花」、「侵入者」(「写真班」、「植木屋」、2編より成る)、「ある少女」の4編を読んだ。
「十一郎会事件」
 画家の早良十一郎が個展を開き、林十一郎を名乗る男(架空の「十一郎会」会員)に絵を騙して借り出されるれるものの、個展の最終日に絵に高級ウィスキーを添えて返される、ミステリーめいた1話である。

「紫陽花」
 野田三郎・青年に学資を支給していた、貴島一策・トミコ夫婦が、突然、毒物自殺してしまって、もう一人の娘さんと共に、支給を打ち切られる話である。理由は不明なままである。
「侵入者」
 「写真班」では、住宅金融公庫の写真班を名乗る男2人に踏み込まれ、勝手に屋内の写真を撮られる。電気屋も、強引に玄関ブザーを取り付けて行く。
 「植木屋」でも植木屋が、強引に庭木を植え付けて行き、あるいは中より抜き去って行く。
 経済が復興に向かう戦後10年、人心はまだ安定しない部分があり、小業者も取り残されそうで、強引になっている。
「ある少女」
 敗戦の年の秋、「私」が16、7歳の娘に外食券食堂で、芋1切れを恵もうとして、拒まれる。しばらくして、その少女はヤミ屋の売人になり、外食券や煙草を売るようになる。5年ほど後、その娘さんが裕福そうな奥様になり、3歳ほどの男児を連れていた、という後日談が付く。梅崎春生は、戦地や敗戦直後を描いて、迫力がある。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


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 沖積舎「梅崎春生全集」第3巻(1984年・刊)より、2回目の紹介をする。
 
同(1)は、今年4月13日に記事アップした。
概要
 今回は、「破片」(「三角帽子」「鏡」の2編より成る)、「莫邪」(「是好日」「黒い紳士」「溶ける男」3編の連作短編より成る)、「ヒョウタン」、「指」の4編を読んだ。
感想
「破片」
 「三角帽子」は、学徒兵より復学したが、大学へ行かず、飴売りをして29歳になった「三郎」が古道具屋の三角帽子に執着しながら、復学する貯金のために買えないでいる、という話である。
 「鏡」は、「次郎」の借家と背中合わせの借家に移って来た「仁木」という男が、次郎に大工道具をしばしば借りに来る。気がつくと次郎の家(2間)と同じ調度の有り様となり、鏡を備えて追い抜く、という奇妙な話である。
「莫邪の一日」
 失業中の「莫邪」が兄に代わって婚礼祝賀会、告別式2つに出る事で、日当を貰う話である。2つの席に「黒い紳士」が現われ、共に式を滅茶苦茶にしてしまう。黒い紳士はしまいに、草原で目玉だけ残して溶けてしまう。
「ヒョウタン」
 幼い次郎が苗売りの小父さんからヒョウタンの苗を買うが、生ったのはヘチマの実だったけれども、次郎は小父さんが間違えたので騙したとは思わない、という短い童話風の掌編である。
「指」
 奇妙な縁で知り合った復員兵が、5年後に再会し、1人は闇屋崩れよりサンドイッチマンに成っていて、帰郷するよ、と飲み屋で語ると言うストーリーである。

 戦後に社会が安定して来ながら、それに乗れない者の侘びしさを描くようだ。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。





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國森春野 いちまいの羊歯

 國森晴野・歌集「いちまいの羊歯」kindle unlimited版を、タブレットで読み了える。
 ダウンロードは、今月7日の記事
「入手した4冊(2)」の、2番目に報せた。
概要
 國森晴野(くにもり・はれの)(以下、敬称・略)は、東北大学大学院を修了し、ある科学研究部門に勤めている。
 歌集は、書肆侃侃房の「新鋭短歌シリーズ」の1冊である。
 単行本:2017年3月12日・刊。価格:1,700円+税。144ページ。
 kindle版:2017年4月27日・刊。価格:800円。
 kindle unlimited版は追加金・無料。
感想
 歌集のしまいに、東直子・解説「新しい扉とあたたかな諦念」、著者・あとがきを置く。
 2007年に短歌と出会い、2010年に短歌を始める、とある。
 水質検査等の仕事を、あるいは幻想的に詠んでいる。
 恋も詠まれるが、男性に反発する風でなく穏やかで、レトリックを効かせている。
 仕事や恋のストレスを昇華して、レトリックある短歌に詠み、心の安定を得ているようだ。
 彼女が、家庭を持つかどうかは判らないけれども、こうして心の安定した人生を送る人が、人生の成功者となるのだろう。
 第2歌集の待たれる歌人である。
引用

 以下に7首を引く。
向日葵の海を泳いで辿りつくあなたの背という陸の確かさ
無いものは無いと世界に言うために指はしずかに培地を注ぐ
浮かぶのはぜんぶにせものへばりつく欠片を無菌チューブに移す
さよならのようにつぶやくおはようを溶かして渡す朝の珈琲
ナトリウムイオンの量でかなしみを測るあなたは定時で帰る
からっぽの手を繋ぎますそれぞれに失くした傘の話をする日
ゆうやけを縫いつけてゆくいもうとの足踏みミシンはちいさく鳴いて


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