風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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添削

 7月9日(第2金曜日)の午前10時より、メンバーが橘曙覧記念館の会議室に集まって、短歌研究会C・7月歌会を持った。
 事前出詠8名9首、出席者5名だった。
 YYさんの2句「惜しみて接ぎし」は、折れた枝を副えたとの事で、「惜しみ繋ぎし」となった。結句は、中句に「柿」があるので、「青柿覗く」→「青実が覗く」となった。
 ANさんの中句「捥ぎ取れし」→「捥ぎ取りて」になった。僕は「捥ぎ取れば」として、主語を転換させたかったのだが。結句「旬の味覚なり」→「旬を味はふ」となった。
 TFさんの歌は、初句「雨かへる」→「雨がへる」となったのみ。
 TTMさんの歌は、初句「年毎に」→「年ごとに」と好みで直されたのみ。
 MKさんの歌は、「の」が多いので、結句「孫の帰り来」→「孫は帰り来」としたかったが、そのままとなった。
 TTTさんの1首は、初句「根付き田の」→「根付く田の」、4句「人の気配に」→「ひとの気配に」と、小さく直された。
 WNさんの1首めは、そのままパスした。2首めは、大幅な改作に遭ったので、ここでは載せない。
 僕の1首は、上句と下句のどちらに重点があるか、わからないと評され僕も納得したが、形上はそのままとなった。

 検討会を了え、「NHK歌壇」より、「コスモス」の高野公彦氏の添削例を読んで、批判もありながら納得した。

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写真ACより、「雨の日」のイラスト1枚。



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 6月11日午前10時より、メンバーが橘曙覧記念館の会議室に集まって、短歌研究会C・6月歌会が催された。
 今月は、事前出詠8首(2首出詠1名)、参加者5名だった。

 WYさんの歌は素直で、そのままパスした。
 WNさんの1首め、2句以降、「水張の田の真中にて何鳥ならむか」は、「水張田の面に影写し何鳥ならむ」と整えられた。2首めの下句「ふらふら揺るるありなしの風に」は「ふらふらと揺るありなしの風」となった。
 TTMさんの初句2句「お見舞いの花束ナースに」は、やや苦しいが「花束の見舞いをナースに」となった。
 TFさんの歌は新しく、パスとなった。
 TTTさんの初句「朝より」は、「朝には」と直された。
 僕の歌は、MKさん曰く「わからない」、以ってパスとなった。
 MKさんの初句「雨上がり」は「雨あがる」に、結句の「杜鵑」は「ほととぎす」になった。
 歌評のあと、プリントされた高野公彦の添削(「NHK歌壇」より)を鑑賞し、11時半頃に散会した。
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写真ACより、「建築」のアイコン1枚。



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 短歌研究会A、Bのメンバーである、Tさん、Mさんに誘われて、ある短歌研究会に参加した。カテゴリを短歌研究会Cとする。メンバーは7人。
 3月11日(第3水曜日)の3月例会は、午前10時より、橘曙覧記念文学館の図書室で開かれた。参加メンバー・5人。前以って事務局に提出した各1首のプリントを基に、相互批評を行う。
 I・Jさんの上句「唐突に現れしコロナウイルスの」は、「蔓延の新型コロナウイルスの」となった。
 T・Fさんの中句・下句は、「紅梅や廃屋の陰に花さかりなり」は、「紅梅は花さかりなり廃屋の陰」となった。
 T・Tさんの4句「似たる指もて」は、2句に「たる」があるので、「似る指(おゆび)もて」となった。
 M・Kさんの上句「弥生の陽あたたかく差す」は「三月の日差しあまねき」に、4句の「川面を泳ぐ」は「水面を泳ぐ」になった。
 僕ともう一人の男性の歌は、添削がなかった。そのままで良い、というのではなく、手を付けにくい、という意味らしい。
 他にも検討したが、ここに書ききれない。
 次回の日程を決め、11時40分頃に散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。


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 綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2018年8月号を、短歌作品中心に読み了える。
 到着は今月15日の記事、
同・8月号が届くにアップした。
概要
 2018年8月1日付け・刊。169ページ。800円(税込み)。毎月・発行。
 定価を据え置いているので、消費税率アップの度に苦労したと察する。
感想
 特集「回想の夏――思い出をどう詠むか」は、期待した程でなかった。総論は例歌が古く、僕は「故郷」に住んでおり、戦争体験はない。
 噴火、地震、水害には遭った事がない。県には戦後、大地震があり、原発銀座と呼ばれる程に原発が集中しており、最近の異常気象もあって、いつ災害に遭うか判らないけれども。
 妻は生きており、子夫婦は遠く住む。回想詠という程のことはない。僕は現在の、トリヴィアルを多く詠んでいるようだ。学生時代とそれ以後(短歌に出会うまで)は、今は詠めない。
 佐佐木幸綱「ザ・巨匠の添削 佐佐木信綱」でも、大きな添削はしていなく、ホッとする。
 「第十五回筑紫歌壇賞」の野上卓「レプリカの鯨」はおめでたい。しかし投稿歌より採られた作がほとんどで、結社誌の作は含まないという。僕は投稿歌の経験がない。投稿歌にはレトリックや、プライベートの切り売りなど、負荷が大きいように思う。
引用
 1首のみ引用する。桜井京子「砂糖のための七首」より。
テーブルに砂糖が散らばり国会は欺瞞まみれの男を映す
 「欺瞞まみれ」と言いきって小気味よい。砂糖に集まる蟻を連想する。


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歌壇 7月号
 今月16日の記事「歌集1冊と歌誌2冊を入手」で報せた3冊の内、綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2018年7月号を、ほぼ読み了える。同・6月号の感想は、先の5月26日の記事にアップした。
特集 年齢をどう詠むか―熟年から老年にかけて
 大島史洋(以下、敬称・略)の総論「年齢と老い、そのこだわり」は、斎藤茂吉と土屋文明の歌を例に挙げて、古いかな、と感じる。
 実作の80歳代~100歳代の10名の、各5首と短文は、迫力がある。中地俊夫「替へどき探る」5首より「いい年をしてと言はれていい年の顔を鏡に映してみたり」。穏やかな方の歌である。当地には罵倒語「いい年こいて」がある。
 小島ゆかり・選「年齢を詠んだ歌 五十首選」で、50歳の歌から採っているのは、「熟年から」を、まともに受け取ったのだろう。
蘇る短歌 坂井修一
 第4回「壁」は、新旧の古典から、「壁」の歌を取り上げて、キーワードに拠る短歌の読みの面白さを教える。
ザ・巨匠の添削 小池光
 第1回「斎藤茂吉」では、茂吉でさえ添削は抑えており、改作みたいな事はなくて、ホッとする。
短歌作品
 前衛派は夕暮れて、穏健派が占めているように思う。物足りなく、先で雪崩れ落ちる事のないように願う。



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