青磁社「永田和宏作品集 Ⅰ」(2017年5月・刊)より、第5歌集「華氏」を読み了える。
今月13日に紹介した第4歌集「やぐるま」に継ぐ。
概要
原著は、1996年、雁書館・刊。
1984年~1986年の在米(家族同伴)研究生活を含む、1984年~1992年の600首と、あとがきを収める。
帰国後の研究室・主宰、結社歌誌「塔」主宰と、多忙となり、前歌集より10年が過ぎてしまったと、あとがきで自身が述べている。
感想
在米研究生活の歌では、斎藤茂吉の「つゆじも」の歌が念頭にあったと、自身が歌集「やぐるま」のあとがきで述べた。慣れない海外生活で苦労する、息子・娘をよく支えたと、河野裕子が永田和宏との共著、歌とエッセイの「たとへば君」の中で書いた。(今、その本が手許にない)。
このブログに7首程を引用すべく、付箋を貼るのだが、貼った枚数が40余枚。歌人仲間・生物学研究者間でのライバルとの競争、家庭生活(主に歌人夫人・河野裕子に対して)に絞らざるを得なかった。
師・高安国世への挽歌、夫人との相聞の大事なリンクであるダンドボロギクの歌、巻末近く母の墓を墓苑に探し当てられなかった歌も、引けなかった。
厳しく忙しい生活で、天真爛漫なところのあった、歌人夫人・河野裕子に救われていたのだろうと、勝手に推測する。
引用
以下に8首を引用する。
不機嫌な妻子を措きてまた戻る夜半(やはん)を灯しおきしわが実験室(ラボ)
負けてはならぬあの場面にてもどかしく探しあぐねていし一単語
娘の前に妻を怒鳴りて出でし道駅までの道のしらしらとせる
ひたひたと間を詰めきたる幾たりの若きらの名は記憶せんとす
らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう
冬の陽にしおしおと大根の葉は乾く望まざれども敵増えゆくか
食えと言い、寝よと急かせてこの日頃妻元気なり吾をよく叱る
荒れている妻を離れて子と作るありあわせとうむずかしき技(わざ)

写真ACの「童話キャラクター」より、「かぐや姫」の1枚。


今月13日に紹介した第4歌集「やぐるま」に継ぐ。
概要
原著は、1996年、雁書館・刊。
1984年~1986年の在米(家族同伴)研究生活を含む、1984年~1992年の600首と、あとがきを収める。
帰国後の研究室・主宰、結社歌誌「塔」主宰と、多忙となり、前歌集より10年が過ぎてしまったと、あとがきで自身が述べている。
感想
在米研究生活の歌では、斎藤茂吉の「つゆじも」の歌が念頭にあったと、自身が歌集「やぐるま」のあとがきで述べた。慣れない海外生活で苦労する、息子・娘をよく支えたと、河野裕子が永田和宏との共著、歌とエッセイの「たとへば君」の中で書いた。(今、その本が手許にない)。
このブログに7首程を引用すべく、付箋を貼るのだが、貼った枚数が40余枚。歌人仲間・生物学研究者間でのライバルとの競争、家庭生活(主に歌人夫人・河野裕子に対して)に絞らざるを得なかった。
師・高安国世への挽歌、夫人との相聞の大事なリンクであるダンドボロギクの歌、巻末近く母の墓を墓苑に探し当てられなかった歌も、引けなかった。
厳しく忙しい生活で、天真爛漫なところのあった、歌人夫人・河野裕子に救われていたのだろうと、勝手に推測する。
引用
以下に8首を引用する。
不機嫌な妻子を措きてまた戻る夜半(やはん)を灯しおきしわが実験室(ラボ)
負けてはならぬあの場面にてもどかしく探しあぐねていし一単語
娘の前に妻を怒鳴りて出でし道駅までの道のしらしらとせる
ひたひたと間を詰めきたる幾たりの若きらの名は記憶せんとす
らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう
冬の陽にしおしおと大根の葉は乾く望まざれども敵増えゆくか
食えと言い、寝よと急かせてこの日頃妻元気なり吾をよく叱る
荒れている妻を離れて子と作るありあわせとうむずかしき技(わざ)

写真ACの「童話キャラクター」より、「かぐや姫」の1枚。

