風の庫

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純粋

 思潮社の現代詩文庫155「続・辻征夫詩集」より、3番めの「鶯」から、を読み了える。
 先行する「かぜのひきかた」から、は今月9日の記事にアップした。


 「鶯」は全16編である。「こどもとさむらいの16編」と副題があるからだ。うち9編を、この文庫は抄出している。
 冒頭の「突然の別れの日に」は、「知らない子が/うちにきて/玄関にたっている」と始まる。母はその子を迎え入れ、僕は声が出ない。僕はこのうちを出て、ある日別の子供になって、よそのうちの玄関に立つ宿命を知る。とても暗示的な詩である。小市民の良い子は、取り替え可能なのか。僕ではない、他の子が産まれても良かったのか。あるいは早いながら、自分の死を意識するようでもある。
 「鶯」は散文詩で、逆の立場のようだ。「十歳になろうかという女の子が一人、ぼくの家の玄関に立っていて、」と始まる。女の子は僕を非難するけれども、それは僕の幼年時代の仲間で、昔を忘れ損なっている。「あんまり大きなかなしみや苦悩はぼくには向かないから、」と困っている。そこへ妻が現れ、他に誰もいない風に振舞う。女の子は、幼年時代の純粋と悲惨を、象徴するようだ。あるいは少年少女時代に、敗戦の世相急変についてゆけなかった子かも知れない。
 「かみそり」「ちるはなびら」「どぶ」が、ひらがなばかりの作品で、僕に引っ掛かる。
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写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。


 

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 思潮社の現代詩文庫78「辻征夫詩集」より、「評論・自伝」5篇を読み了える。
 先行する「未刊詩篇と短編1篇」は、先の2月21日の記事にアップした。


 評論の初めは、「曲芸師の棲り木」と題して、17歳で詩と出会い、20歳で詩を書けなくなり、20代半ばで再び詩を書けるようになるまでを述べる。
 詩との出会いが、作品に没入するより、詩論(リルケの「若き詩人への手紙」、ランボオ・書簡、萩原朔太郎「詩の原理」)であった事は不幸だった。リルケの「若き詩人への手紙」は後年、僕も読んでみたが納得できなかった。ランボオ全詩集(付・書簡)を読んだけれども、当時に感銘したのは「酔いどれ舟」1編のみだった。朔太郎は高校生時代に詩集を読んで、影響を受けた作品を嗤われたけれども、詩論を読む暇はなかった。
 もっとも僕の詩との出会いは、三一書房の高校生新書、小海永二「現代の詩 新しい詩への招待」だった。戦後詩の解説書だけれども、豊富な例を挙げていた。僕は詩人であるとも、詩人に成りたいとも、思わなかった。英和辞典にminor poet(二流詩人)の語を見つけて喜んでいた。
 ランボオが書簡のなかで、なぜ「詩人になり、見者たらんとし、そのため放蕩に身を持ち崩してやろう」と書くのか分からない。僕は学校を中退したあと、人並みの生活を営むにも努力の要る身となった。美と純粋に憧れた辻征夫は詩を書けなくなり、ブランクのあと復活した時には、「しばらくは物の表面にとどまれ、それ以上のことはいまだ私には耐えかねるから、」と自らに言い聞かせなければならなかった。
 このあと、詩論の「瓦礫の構造」「もう一つの「六〇年代詩」」「窓からの眺め」、自伝の「自伝風ないくつか」(5章)を読んだが、紹介するスペースも気力もないので、ご勘弁願う。ただ佐佐木幸綱の言葉で、「「われ」が「われわれ」を突破しろということですよ、同時代において。」には違和感がある。「われわれ」が「われ」「われ」に解体して行く時の崩壊熱は凄まじいものがあった。自らを語り過ぎた。
樹木
写真ACより、「樹木」のイラスト1枚。


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 今村夏子の短編小説集「こちらあみ子」を読み了える。
 入手は、先の5月27日の記事、入手した5冊と1誌で報せた。
概要
 ちくま文庫、2017年7月30日・6刷。
 初めての作家さんである。ブクログか読書メーターでとても誉められていて、同氏の「あひる」(角川文庫)と共に、メルカリで購入した。
 この本には、太宰治賞、三島由紀夫賞をW受賞した「こちらあみ子」と、「ピクニック」、「チズさん」の3短編小説を収める。
「こちらあみ子」
 田中あみ子と孝太の兄妹に継母が来るが、妹を死産した時、あみ子は木札の墓を立ててしまい、それを契機に継母は心の病気に、兄は不良少年となってしまう。
 あみ子が慕い続けた、のり君に殴られて前歯を3本折ってしまうが、差し歯を拒否するのは不自然である。あみ子は兄の威光などで苛められずに済んだが、中学卒業と共に、祖母に預けられてしまう。
 多動症とかADHDという言葉のなかった時代だろうが、子供が純粋であるが故の多難を背負ってしまう。
「ピクニック」
 売り出し中のスターの恋人だと語り行動し続ける七瀬さんと、仲間の少女たちの友情、彼女の嘘がバレての後が描かれる。表立っては描かれないが、家族・恋人のいない女性の、虚構に縋る心情が哀れである。
「チズさん」
 独居のおばあさんチズさんの誕生日祝いに、世話をしている「私」が訪れると、子夫婦と歌手志望の男孫が訪れて、「私」の隠れている間に大騒ぎをする。「私」はチズさんをわが家に引き取ろうとするが、土壇場でチズさんが未練を見せて、頓挫する話である。純粋な思いが、多くは通らない世間を表わすようだ。


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 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、全歌集に初めて収められた(生前未刊)の歌集「鼓動以後」の、3回めの紹介をする。
 今月17日の記事、同(2)に次ぐ。
概要
 今回は、504ページ「雪の火口」(1988年)の章より、547ページ「かなふならば」(1990年)の章までを読む。
感想
 葛原繁(1919年~1993年)の短歌が、今1つ純粋に澄まなかったのは、郷里の者を含め家族を養う、「生活のため」に会社側に立った(日新運輸倉庫・取締役を務める、等)ためかも知れない。従軍体験から、美への純粋な憧れを信じられなかったためかも知れない。
 少年少女を詠んで明るい歌が多く、未来に期待する点があったようだ。
 宮柊二・没後の「コスモス」編集人となる(1987年)が、体調は衰えこの時期、腸閉塞・肝炎で2度の入院をした。

引用
 以下に7首を引く。
鼓笛隊先だて来るも師の写真樽酒載せし車を引きて(柳川頌歌)
一本の菊をささげて頭(かうべ)垂るさはやけし先生の無宗教の葬儀(山本健吉氏逝く)
雨の輪を生みつつ水は行くものか下野(しもつけ)草の咲く花の下
人影の二三あるのみ一望にしぐれて寒し人工の浜
うちつけに東欧の民衆の声ひびく戦中戦後の世を知る我には
予後の身の一喜一憂くり返し耐へたる冬も春ならむとす
やつかいな肝炎と思ふ残生に仕遂げおきたき仕事を残せば
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。




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 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、第6歌集「鼓動」を読み了える。
 先の3月17日の記事、同「又々玄」を読む(後)に次ぐ。
概要
 原著は、1989年、短歌新聞社・刊。1980年~1983年の278首、著者・あとがきを収める。
 短歌新聞社の「現代短歌全集」の1冊となった。
 この間に、「玄」3部作による読売文学賞・受賞、仕事上での一線を引く、弟の死、肺病による8ヶ月の初入院、等があった。
感想
 写生、社会詠、生活詠に、純化しなかった。家長として家族(故郷の母、弟を含む)を助け、歌誌「コスモス」の活動に手腕を発揮したようだが、歌人として今一つ純粋でないように思えた。
 しかし戦争体験を経て、生活と社会に対する態度の一致、を求め続けたように思える。
 生前の最後の歌集であり、以後没年(1993年)までの歌は、この全歌集に「鼓動以後」として収められた。
引用

 以下に7首を引く。
足もとの砂をす走る波の先伸びきはまりて横ざまに退(ひ)
休みなく手と足を振りわが膝にゐて柔らかし孫といふもの
まのあたり変転を写し裁かるる江青の顔端正不屈(変転)
患者としこの夏逝くか病棟の側壁に来て鳴く油蟬
帰り来し我が家の真上汝(な)は亡きに虹かも立てる面影のごと(弟逝く)
行く風の息のまにまに吹雪く花あるものは高く吹かれつつ舞ふ
うから率て出湯にひと日遊びつつ病癒えたる喜び分つ
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



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つむじ風
 木下龍也・歌集「つむじ風、ここにあります」kindle unlimited版を読み了える。
 昨年12月9日の記事、
入手した4冊(3)の内の1冊である。
 その4冊の内、3冊を読み了え、三浦哲郎「愛しい女」は長編小説なのでいったんお蔵入りし、この4冊の話題は仕舞いとしたい。
概要
 各版の発行日、価格などはリンクに書いたので、ご参照ください。
 木下龍也(きのした・たつや)は、1988年、山口県生まれ、山口県在住。
 結社に属していない。
 この歌集では、短歌のあと、東直子・跋「辺境からの変化球」、詩に似た「あとがき」を収める。
感想
 静謐な文体である。草食系青年が、心で静かに耐えているようだ。
 ナンセンスな歌が混じるが、痛くてユーモアにならない。
 家族には素直である。
 女性にはウブで、純粋である。あるいは恋人を病気で失った風の、歌がある。
引用

 以下に7首を引用する。
じっとしているのではない全方位から押されてて動けないのだ
触れなくていいものに触れ火傷する癖があります遺伝でしょうね
そういえばいろいろ捨ててあきらめて私を生んでくれてありがとう
疑問符のような形をした祖母がバックミラーで手を振っている
コンビニのバックヤードでミサイルを補充しているような感覚
アイロンの形に焦げたシャツを見て笑ってくれるあなたがいない
からっぽの病室 君はここにいた まぶしいくらいここにいたのだ








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